もう一つの久遠


自慢じゃねえが、俺の顔は女に好まれるものらしく女に困ったことはねえ。
今まで惚れられることは何度もあった。言い寄ってくる女も数え切れねぇくらいにいた。
だが、俺が心底これと決める相手にゃ巡り会えなかった。
そんな俺が、初めて自分から惚れ込む女に出逢った。
運悪く、新撰組の存在を知ってしまい新選組預かりとなった少女、雪村千鶴。
千鶴が俺が最初で最後に惚れた女。

「よう、千鶴。そんな急いでどうしたんだ?」
廊下をぱたぱたと走る千鶴を見かけた俺は声をかけた。
その声に気付いて、千鶴は立ち止まってこちらの方を向いた。
「あっ、原田さん。永倉さんが風邪をひいてしまわれた様で、お熱があるんです。なので、桶と手拭いの用意をと思って。」
そわそわしながら俺にそう答えてくれた。
「新八が?何とかは風邪をひかねえってのに、どうしちまったんだ?」
ははっと笑いながら俺がそう言っているのに、千鶴は気もそぞろにそわそわしている。
心ここにあらずだな…、苦笑しながら千鶴に言った。
「呼び止めて悪かったな。でっかい子供みたいな奴だ、大変だろうが新八の面倒見てやってくれ。」
そう言いながら千鶴の頭を撫でてやる。
「そんなことないです。それじゃあ、失礼しますね。」
ぺこりとお辞儀して桶と手拭いの準備をすべく再び走って行ってしまった。
こういう事に関しては敏い方だと自負している。
それに自分が見てる相手の見つめる先のモノなんてどうしたってわかっちまうもんだ。
例え自分にとって知りたくないことでも……。
中庭に面した縁側に座り込む。
ぼうっと中庭の何を見るわけでもなく中庭を眺めた。
…千鶴の視線の先には常に新八がいる。
千鶴のことを見てりゃわかる。千鶴は新八のことを想ってる。
最初こそ兄のように慕っている様子だったが、俺が千鶴に惚れてる事を自覚したときと同じ頃、
千鶴は女の目で、新八を男として見てることに気付いた。
新八は良い奴だ。試衛館時代からの長い付き合いだ、あいつがどんだけ良い奴で、良い漢かってのはわかってる。
千鶴が新八に惚れるのもわかる。
わかるが…、何で新八に惚れたのが千鶴なんだ……。
新八が良いって言う女は、大抵が俺目当てだった。
新八が良いって言ってる女だ、当然俺は興味のかけらも湧かなかった。
それに俺の事を好いて寄って来る女は、皆俺の顔が好きだからだ。
顔だけかよって話だよな……。
新八や平助からは、よくうらやましがられるが、最初から俺の本質を見て好いてくれた奴なんていねえ。
新八や平助に思いを寄せる女は、いつもあいつらの内面を好いてる。
俺からすりゃあいつらの方がよっぽどうらやましんだよな…。
周りはそんな女ばかりだ。俺が心底惚れ込めるような奴なんかいやしねえ。
そんな俺の前に千鶴が現れた。
最初は、年頃の娘が一人下手な男装までして江戸から京へ父親を探しに来たところを、新撰組見ちまったせいで新選組に軟禁状態。
可愛そうなやつだなっと思って、なるべく気にかけてやるようにしていた。
純粋で素直で、嘘がつけねえ。
真っ直ぐで、芯があって肝が据わってんのに、どこか儚げで…。
人の心の中に真っ直ぐ突っ込んでくる。
いつでも一生懸命で、へこたれねえ根性もあって。
巡察終わって屯所に戻ったら、花が綻ぶような笑顔で、"お帰りなさい。お疲れ様です。"って言ってくれる。
気がついたときには、千鶴の側にいんのが心地よくなってた。
斬った張ったの世界で生きてきて、それが普通になってる俺が、こんな気を休めることができんのかって驚く程に、
千鶴の側は安らげる場所になった。
千鶴が他の幹部連中と楽しそうにしてるところを見ると、なぜか苛立つ自分がいて、
千鶴が俺に笑いかけてくれると心が温かくなる自分がいた。
ああっ、俺は千鶴に惚れてんだなって気がつくと、千鶴の視線の先に新八がいることにも気が付いちまった。
「くそっ……。」
力任せに床を殴れば拳が割れて血が滲んだ
今の俺の拳と同じ様に、俺の心も軋んで血が滲んでいた…。

「…なあ、左之。」
「なんだよ?」
珍しく島原へは行かず、屯所の縁側で新八と二人月見酒を飲んでいると新八が歯切れ悪く話かけてきた。
「……。」
「何だよ、新八?言いてえ事があんなら、はっきり言えよ。」
人に話しかけてきておきながらなかなか次の言葉を発しない新八にそう言うと、ようやく口を開いた。
「…いや、あのよ。なんつーか、報告っつーか…。お前には、先に言っておこうと思ってな。」
なかなか要領を得ない新八にいつもなら苛立つところだが、真剣な面差しで言葉を紡ごうとする様を見て、新八の言葉を気長に待った。
「……、嫁さんもらうことにした……。」
「へえっ、嫁さんもらうのか…。」
何を言い出すのかと思えば、新八が嫁取んのか…。……って……??
「嫁〜〜〜〜〜っ!?」
「左之、声がでけえっ!!」
あれだけ言いあぐねていたことをさらりと言われ、一瞬理解できずにいたが、じわじわと新八の言葉が浸透して理解できると、驚きからでけえ声を出しちまった。
「おっ、おお。わりい。」
ずいぶんでかい声を出しちまったから、誰かやって来るかと思ったが、少し待っても誰も来る気配がないので、俺は新八へ問いかけた。
「嫁さんもらうって、…誰をだよ?」
まさか、それはないだろうと思いつつも可能性は0じゃねえ。新八が千鶴を嫁に
とるってことは絶対に有り得ないことじゃねえ…。
俺は、言い知れない不安のためじわりと背から汗が流れでるのを感じた。
「誰ってそりゃ……、」
新八が答えるまでの時間は実際には刹那に近いものだったと思う。
けど、この時の俺にとっちゃ、一生に感じるくらい長い時間のように思われた。
「……亀屋の小常……。」
新八の口から答えを聞いて、俺は安堵の息が出た。
千鶴じゃなかった……。
「……そうか、めでてえな。良かったな新八。小常、幸せにしてやれよ。」
「おう。ありがとうな、左之。」
新八がいつものようにニカっと笑って、俺に礼を言った。
んな嬉しそうな顔してんなよ……。
新八が嫁をもらうって聞いて、最初に考えたことは相手が千鶴じゃなければ良いのにって事だった。
千鶴じゃねえとわかってようやく祝いの言葉を言うなんてな……。
もし、相手が千鶴だったなら俺は祝ってやることができただろうか?
もしもでしかねえが、きっとできなかったろう……。
俺にとっちゃ仲間が一番だったはずだ。他の事なんてのは二の次だったはずなんだ。
だが、実際、俺は新八の相手が千鶴かも知れねえと思って、素直に喜んじゃやれなかった。
どんだけ手前勝手だよ。
あまつさえ、新八が嫁をもらえば千鶴も新八のことをあきらめて、他へ目を向けるかもしれねえと考える自分がいる。
最悪だとわかっているのに、そう願う自分を止められやしなかった。
その晩、自分に嫌悪感を抱きながらも何事もないような素振りをして、新八と飲み明かした。

「ついに新八が腹括ったか〜」
「おうっ!!俺だってな〜、男見せなきゃなんねえ時くらいわかってんだぜ!!」
あの二人で月見酒を飲んだ晩、新八から聞いていた通り、新八は小常の身請けをし祝言を挙げた。
幹部連中が皆、次々にからかいながらも新八に祝いの言葉をかけていく。
その中に千鶴の姿がないことに気がつき、視線を巡らせると少し離れた場所に一人佇む千鶴がいた。
千鶴に声をかけようかと逡巡していると、一人離れた場所に佇む千鶴に気付いた新八が千鶴の方へ歩みを進めた。
新八が千鶴に話しかけている…。俺はその様子を見ていることしかできねえでいた。
その内、千鶴が新八に笑顔を向けて何事か言った後、踵を返して千鶴は走り去って行った。
それを見た俺は、新八の方へ歩みを進める。
「…千鶴は、どこ行ったんだ?」
新八にそう問いかけるとすぐ様答えが返ってきた。
「ん、お茶淹れてくるっつって、勝手場に行っちまった。何か、今日千鶴ちゃん、様子がおかしんだよな…。様子見てきた方がいいと思わねえか?」
千鶴の様子がおかしい理由は一つしかねえ。
新八は、千鶴の様子のおかしさが自分のせいだとは露ほども思ってねえだろう。
こうゆうことには疎い奴だからな……。
「俺が行ってくる。新八はここにいろよ。」
新八に否と言わせぬ口調でそう言うと、俺は千鶴が向かったであろう勝手場へと足を向ける。
きっと千鶴は泣いてると思う。
新八には心配かけたくねぇ、新八が気を遣うだろうから自分の気持ちを新八には知られたくねぇって思って一人で泣いてんだろう……。
勝手場の中に人の気配がある。勝手場の入り口へと立てば、千鶴がはっとしたように涙に濡れる顔を上げてこちらを見た。
「千鶴。やっぱり泣いてたのか。」
俺の思った通り、千鶴は声を押し殺して泣いていたことに、苦笑してしまう。
「は、らださん…。」
千鶴が涙でぐしゃぐしゃの顔で俺の名前を呼んだ。千鶴が思う相手が俺ならば、千鶴にこんな顔も思いもさせねえのにな……。
千鶴の方へ歩み寄り、千鶴の目の前に座り涙を指で拭いながら言った。
「せっかくの別嬪さんが台無しだぜ?」
俺じゃない男のために泣く千鶴を見ていられなくて、軽口でも叩いていないと自分の心が崩れてしまいそうだった。
新八の事を忘れて欲しいと思った。気がつけば、俺は千鶴の手を引いて自分の腕の中に閉じ込めていた。
突然のことに不思議そうに俺を見上げる千鶴に、ああっ、千鶴の心の中はやっぱり新八のことだけしかねぇんだな。
俺は男として意識してもらえてねぇ…そんな想いが胸に浮かんでいた。
自嘲にも似た笑みを浮かべて千鶴に言った。
「まあ、でも…、俺が見張っててやるから、今は泣きたいだけ泣けよ。」
涙が枯れるまで泣いて、涙と一緒に今の思いも全て体の外へ出して、新八のことを忘れてほしい…。そして俺を見て欲しい…。
「あり、がとう、ございます…。」
俺のそんな思いにも気付かない様子で、俺の腕の中で千鶴は泣き続けた。
こんなにも新八を想い泣く千鶴…、そんな千鶴を想い俺は心の中で涙を流した。
新八を想い泣くのは最後にしてくれ。
新八への想い全部捨て切れなくてもいいから俺を見てくれ。
そんな手前勝手な事を考えているのを悟られたくなくて、泣き続ける千鶴の背を壊れ物を扱うようにやさしく、やさしくさすり続けた…。


それから、新八の嫁の小常は新八との間に、小磯って娘を産んだ後に体調を崩してそのまま逝っちまった。
そして、新選組は鳥羽・伏見で初めて負け戦をした…。
慶喜公は戦っている俺らを見捨てて江戸へ逃げ帰り、新選組も江戸へと戻った。
江戸で幕府からの命で甲陽鎮撫隊と名前を改めて赴いた甲州勝沼での戦でも敗れた…。
もう、近藤さんにはついていけねえ、俺と新八は新選組を離隊。
その時、千鶴は自分も一緒に連れて行って欲しいと言い出した…。
もちろん、それは新八の側にいたいがためだ……。
千鶴の目に俺が男として映ることはねえだろうと思う。
それでも、俺は千鶴のことをあきらめきれねえでいる……。
この想いが枯れることはねえだろう。
千鶴の想いがどこへ向いていようが、千鶴は俺が最初で最後に惚れた女だ…。

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左之→千鶴→新八で書いた"久遠"の左之さん視点です。
まあ、久遠では書いてなかったようなこと捏造してかなり付け足してますけど。。。(苦笑
左之さんの千鶴への想い、千鶴が新八を好きなことでの左之さんの苦悩・想いとかうまく表現できていると良いのですが…。
何分、文才がないもので四苦八苦して書き上げました。
花魁からモテモテの左之さんですが、左之さんが自分から惚れた女は千鶴だけであってほしい。。。
っという鞍河の願望及び妄想より、今回のこのSSを書きました。
悲しいかな、千鶴ちゃんが新八を想って、自分の想いを伝えられないように、左之さんも千鶴ちゃんを想って自分の気持ちを伝えられない。
左之さんはそんな人のような気がして、一人千鶴への想いを胸に秘める左之さんという方向で書かせてもらいました。
いつもながらの駄文を読んでくださってありがとうございます。

 

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