最期に逢いたいと思うのは


冷たい……っ。

重たい瞼を押し上げて見れば、白い雪が降っていた。
まだ、かろうじて冷たいと感じる感覚は残っていたようだ。
腹部にあった焼けるような痛みももう感じていないというのに、雪を冷たいと感じるなんておかしな話だ……。
辺りを濡らす自分の中から流れ出た赤が長い時間を経てどす黒く変色し、今度はその色を白が塗りつぶしていく。
彼女は無事だろうか……。無事辿り着けただろうか……。
考えても答えがでるはずがないとわかっているが、無事でいて欲しいと彼女のことばかり考えてしまう。
俺は自分が死を目の前にした時には、新選組…、副長のことを考えるだろうと思っていた。
けれど、その場面に直面してみると、実際は彼女のことばかりを考えている……。

何かおかしな行動を取れば殺す。
新選組のためにならない、障害となる存在ならば斬り捨てる。
彼女のことはそう、ただの監視対象、秘密を知ってしまった憐れな厄介者だと思っていた。
そんな彼女と直接言葉を交わしたのは、四国屋へ向かった副長へ一刻も早く知らせに走らねばならない時だった。
山南総長の指示で彼女も俺と共に向かうことになったが、はっきり言ってあの時足手まといはいらないと思った。
だから、俺は敢えて彼女に"命の保障はできない。最善と判断した場合は切り捨てる。"そう告げた。
そうすれば、きっと彼女は俺と一緒に行くことを断るだろうと判断したから。
だが、俺の判断は見事に裏切られた。君は、少し震えながらも真っ直ぐに俺を見据えて言い切った。
「それでも行きます。少しでもわたしがお役に立てることがあるのなら、一緒に行きます。」
このとき、初めて彼女を真っ直ぐに捉えその瞳を見て、強い意志を秘めた瞳をしていると感じた。
濁りのない澄み切った真っ直ぐな瞳、彼女の言葉に偽りはないと思った。
この時からだったと思う。
俺の中の何かが変わったというなら、きっとこの時からだろう。

この時を境に、俺は彼女と関わることが増えた。
否、俺がそう感じるようになっただけかもしれない。
それまでだって、俺は屯所にいる間は彼女の監視を副長より命ぜられることは多く、彼女に気付かれないよう近くにいた。
だが、あくまでも俺は彼女を監視する側。そこに自分の気持ちなんてものは当然存在していなかった。
しかし監視対象としてではなく、彼女自身を見るようになってから気が付いた。
彼女は常に、他の者なら嫌がるであろう仕事を進んで行っていた。
そして、男ならば気付かないような部分に女性ならではの細やかさで気付き対応してくれた。
それは本当に微々たるものであったが、俺は評価に値することだと思った。
自分にできることがあるのであれば、少しでもやりたい。
皆さんの役に立てるのであればとどんなことでも一生懸命にやっていた。
そんな彼女の様子に、土方さんをはじめ、組長格の幹部の皆さんも少しずつだが彼女に信頼を置くようになった。
新選組の監視下においているとは言っても、その頃には実質ほとんど監視などないと言っても過言ではない状態だった。
彼女の素直さに、彼女の真っ直ぐさに、彼女の真摯な瞳に。
いつの間にか俺も彼女に絆されて彼女のことを新選組の一員として認めていた。

頼みたいことがあったので、屯所の庭掃除をする彼女を見つけると声をかけた。
「雪村くん。君は綱道さんの仕事を手伝っていたのだったな。」
「はい、そうですけど……?」
「薬のことで教えて欲しいことがあるんだ。少し良いだろうか?」
「はいっ!!わたしにできることであれば喜んでっ!!」
俺が教えてくれないかと頼んだとき、君はすごく嬉しそうに笑って引き受けてくれたな。
俺のような人間には眩しすぎるほどの笑顔だったので、思わず目を細めてしまったことを覚えている。

任務を終えて俺が黒装束のまま屯所へ戻り、副長への報告に向かおうとしていたとき、パタパタと廊下を走る軽い音がした。
屯所にいる人間でこんなに軽い足音は一人しかいない。
その足音の主はどんどんこちらへ近づいてきて、ついに俺の姿を捉える場所までやって来ると、足音は速まり俺の方へ走り寄って来た。
「山崎さん、今戻られたんですか?」
「ああ。」
「おかえりなさい、お疲れ様です。」
花が綻ぶような笑顔と言うのだろうか。にっこりと微笑みながらそう言われると、俺には何だか居心地が悪く感じられ、
思わず彼女から視線を外してしまう。
「っ……、ただいま……。」
それだけ何とか返事をすると、再び嬉しそうに言われる。
「はい、おかえりなさいっ!あっ、今から土方さんのところへ報告ですか?」
「ああ、今から向かうところだ。」
「なら、すぐにお茶を淹れてお持ちしますねっ!じゃあ、失礼します。」
声を弾ませてそう言うと、彼女は俺の前から厨の方へ向かって走り去って行った……。
今まで、任務帰りに副長や幹部の皆さんに会っても、ねぎらいの言葉こそあれど、"おかえりなさい"と言われたことはなかった。
"おかえりなさい"。
自分を受け入れてくれた居場所……そう思いこそすれ、ここが自分の帰る場所だと思ったことが俺はなかった。
全ては土方さんのため、ひいては新選組のため。そのことばかりだった俺にとって、
雪村くんに言われたその言葉は何だか気恥ずかしく感じるもので、今までの自分であれば馬鹿馬鹿しいと一蹴するようなものであった。
けれどもこの時は、不思議と嫌な感じも馬鹿馬鹿しいと思うこともなく、心が温かくなるのを感じた。
感じたことのないような気持ちが胸の奥底に湧き上がった気がした。

新選組が幕府の命により、将軍の警護にあたっていたときそれは起きた。
宵の闇、静寂を切り裂くように鳴り響く剣戟の音。
自らを鬼と称する薩摩、長州の手練の者達が雪村くんを狙って現れた。なぜ雪村くんなのか……。
そんな疑問を抱いている場合ではないと、彼女をこの場から逃がそうと動く。
彼女を屯所へ連れ帰ろうとそう促せば、彼女は言う。
「わたしがここにいても何の役にも立たない、むしろ足手まといだってことはわかってます。
けど……、けど、わたしはここにいます。」
かつての池田屋事件の時と同じ、彼女は真っ直ぐな瞳で俺の瞳を見て言い切った。
彼女の頑固さは、今ではもう嫌という程わかっている。その意思の強さも……。
こうと決めた以上彼女は何があろうとこの場を離れないだろう。
そんな彼女をこの場で守りきる腹を自分も決める。
雪村くんのその頑固さに気付かれぬよう嘆息しながらも、それを好ましいと思う自分がいたことに、このとき俺は気が付かなかった。

羅刹隊の隊士が、血に狂い雪村くんを襲った。
雪村くんは右腕を切りつけられ、血に狂った隊士は雪村くんの叫び声を聞きつけた原田さん等の手によって粛清された。
これで事が済んだかと思えば、山南総長まで血の香りに中てられて雪村くんへと襲いかかり、
その騒ぎのために、伊東参謀に山南総長が生きていることがばれてしまった……。
いつまでも隠し通せる物でもないだろうとは思ってはいたが、どうしたものか…と嘆息する。
狂った隊士の死体の後始末を終え、それを副長へ報告すると雪村くんの側についてやってくれと頼まれた。
俺はその時、副長に報告へ行く前に既に報告を終えたら雪村くんの様子を見に行こうと思っていた。
何故だかわからないけれど、彼女のことが気になった……。
副長の命令だからではなく、無意識に彼女を気にかけている自分がいた……。
今晩のみ部屋を借りた彼女のいる副長の部屋へ向かうと、部屋の中から彼女の泣くような声が聞こえたきた。
「……っく……っ、ぐすっ……。」
彼女に気付かれぬよう見守るだけにしようと思っていたが……、
「……雪村くん。」
思わず廊下から声をかけてしまっていた。
瞬間、はっとしたように泣き声は消えさり、しばしの沈黙が訪れる。
「……こんな時間にすまない。様子を見に来たのだが……、……大丈夫か?」
返答がない。いきなり血に狂った隊士に襲われたのだ、普通の女性であるなら大丈夫なはずがない……。
そんな事を問うなんて何とも間抜けとしか言い様がないが、咄嗟にでた言葉はそれだった。
彼女をどうにか少しでも安心させてやりたくて、気付けば言葉が口を吐いて出た。
「……これからは、できる限り俺は君の傍にいる。俺がいない時は、誰かついていてもらえないか副長に頼んでみよう。
だから……、先ほどのようなことはもうない。安心してゆっくり休むといい……。」
言ってしまってから俺はいったい何を言っているんだ……そう思ったが、その思いはすぐに消え去ることになった。
ゆっくりと戸が開いて、雪村くんが顔を出した。
瞳は赤くなっており、頬には涙の跡がある。その姿に自分の心がチクリと痛むのを感じる。
ああ、やはり彼女にとってはどれほどの恐怖だっただろうか……、胸が痛む。
だが彼女は次の瞬間には、
「あの……、ありがとうございます、山崎さん……。」
泣きはらした瞳でしっかりと俺を見据え、微笑んでそう言った。
「ありがとうございます。」
彼女の笑顔に、鼓動が早くなり息が詰まった。
彼女の笑顔の美しさに見惚れる自分がいた。

その日俺は、任務についていて屯所にはいなかった。
千姫という名の少女が新選組屯所へやって来て、雪村くんや自分は"鬼"と呼ばれる一族の末裔であると言った。
雪村くんを執拗に狙っている薩摩、長州の手練の者達……。風間千景、天霧九寿、不知火匡……奴等もまた"鬼"だという。
将軍警護の折にもたしかに奴等は"鬼"と名乗っていた。
西の風間、東の雪村……より血の濃い、力の強い子孫を残す為だけに彼女を狙っているというのだ。
そのことに俺は憤りを感じた……。
何故かはわからないけれど、その話をしていた副長が驚くほどに俺は、怒りという感情を露にしていた。
副長の部屋を後にして、一人考える。
俺はどうしてこんなに憤りを感じているのか?
もちろん彼女の意思を無視しての行動は望まれるものではない、だからこそ、奴等に自分は憤っているのだ。
なら、彼女が望んで奴等の下へ行くというのならどうだ?
憤りこそ感じないかもしれないが、ただ、きっと心に穴が開いたような気持ちになりそうだ……。
何故?
雪村くんは今や新選組の一員と言える。だから彼女がここからいなくなれば少しは寂しく思うものだろう。
自分の心に湧き上がる気持ちをそう片付けた。その時に考えてみれば良かったのだ、
もし、雪村くんでなく、例えば幹部の誰かがいなくなったらと……。

守りが手薄になっているところに、容赦ない攻撃。
薩長軍からの攻撃は激しいもので、伏見奉行所に残っている人間だけでは到底ここを守りきることなど不可能。
しかし、ここを捨てるわけにはいかない。井上さんと俺は防戦一方に追い詰められていた。
この危険な状況で、彼女に斎藤さんを呼びに行かせるというのは致し方ない決断だった。
けれど彼女の場合ここにいるよりは、助かる可能性は高い。ここにいる全員が倒れる前に斎藤さん達が戻ってくることは、まずないだろう。
間に合わなくてもいい……。どうか、無事に斎藤さんの元へ辿り着いてくれ。
彼女の無事を祈りながら俺が、目の前の敵をまた一人倒したところで、さすがに疲れを感じたのかふらつく。
その瞬間、井上さんが叫ぶ。
「山崎くんっ、危ないっ!!」
ズガァァァァァァァンッ―――――――。
馬鹿でかい音がしたと思った途端、同時に腹に鋭い痛みがはしる……。
腹から温かいものが染み出して、もともと黒地の服の腹の部分がどす黒く変色し始める。
痛みと衝撃によろめく俺を敵が狙ってくる。俺はそれをグッと耐えてまた一人片付けた。
耐えた拍子に腹部に激痛がはしる。
けれど、ここで倒れるわけにはいかない……、気力だけで持ち堪える。
何人を倒したか、もう数もわからない。痛みと失血で朦朧としてくる意識を叱責するが、ついには地に膝をついてしまった……。
倒れた俺の目に映ったのは煌々と赤い炎をあげて燃える伏見奉行所。
火は全てを燃やし尽くし、灰がまるで雪のように辺りに降り注ぐ。
辺りは静寂に包まれ自分の"はっ、はっ、はっ……"という荒い息遣いだけが響いていた。


もう、どのくらいこうしているのだろうか……。
雪は降り積もり、薄化粧を施したように一面を白く染めている。
自分の上にも幾分か雪は降り積もった……。
俺はこのまま、ここで果てていくだろう。
死ぬこと自体恐いとは思わない。今まで数多の命を屠ってきたのだ、死の覚悟など決まっている。
……そうだったはずなのに、彼女の安否を知らぬまま果てるのが恐い。
彼女の無事を確認できないで、もう二度と彼女へ逢うことが叶わぬことが恐いと思う……。
睦月の肌を刺すような冷たい風が粉雪を攫っていく……。
その様子をぼんやりと眺めていると、複数の人間が近寄ってくる足音が聞こえてきた。うっすらと遠くに見える影をぼんやりと眺めていると、
声が聞こえてきた。もう……、生きて聞くことは叶わないと思った声。
「山崎さんっ!!」
声と共に走り寄って来る軽い足音……。
「山崎さんっ!!斎藤さん達を呼んできました!!山崎さんっ!!」
俺の傍で膝をつき涙を瞳から溢れさせているのは、俺が無事を気にしていた相手。
いや、無事を確認したい、最期に逢いたいと思った相手……。
「ゆ…きむ…ら……くんっ……。」
「山崎さんっ!!今手当てを……手当てをしますからっ!!」
彼女の零す涙が俺の上へ落ちてくる。それは温かくて、優しい雨のようだと思った。
涙をぼろぼろと零しながら必死にそう言い手当てしようとする彼女の手をそっと掴んで止める。
「山崎…さん?」
零れ落ちる涙を拭おうともせず、彼女は彼女の手を止めさせた俺のことを不思議そうに見つめてくる。
「俺…は、もう…助…からないっ。」
もう、俺は手遅れだ……。だからこそ、無駄なことをせずしっかりと君の姿を目に焼き付けていたい。
「……やだっ、いやっ!!助かりますっ!!絶対に助けますから……だからそんなこと言わないで下さいっ!!」
彼女の言葉に俺はゆっくり緩やかに首を横に振る。
「いやですっ!!生きてっ……生きて下さい、山崎さん……!!あなたがいなくなるなんて耐えられない……。」
懇願するかのように彼女が俺に言う。
「……あなたがいない世界で……、わたしは生きていけません。……わたしは、山崎さんが……。」
涙の溢れる瞳で、俺の瞳を真っ直ぐに捕らえて彼女は続ける。
「……山崎さんのことが……好きなんです……。」
俺はどうして、こんなに彼女のことばかり考えているのだろう。どうして、彼女にこんなにも最期に逢いたいと思うのだろう……。
ずっと……、今の今までそう思ってきた。
けれど、彼女の言葉でようやく一つの考えに辿り着く……。
ああっ、そうか。俺は彼女のことをずっと……、彼女の真っ直ぐな瞳に気付いてからずっと、彼女を、思っていたのか……。
「……お願いです、だからどうか……どうか、生きてっ……。」
彼女は顔を手で覆い、泣き崩れる。
俺はもう、持ち上げることもできないだろうと思っていた手を持ち上げ彼女の手にそっと自分の手を添える。
彼女は、驚いたように顔から手を離したので、その手を自分の手で優しく包み込んだ。
彼女の手は冷たくて、温めたいと思うけれどそれだけの体温が自分には残っていなくて辛いと思った。
「……君の、…笑った顔……が俺は好きだ…った……。どう…か、笑っ…てくれ…ないか?」
どうにか力を振り絞りそう告げると、彼女は涙をその瞳から零しながら笑おうとしてくれる。
彼女の笑顔をこの瞳に焼き付けたい……。そう思い、彼女のことを瞳に写す。
笑顔の似合う彼女を泣かせる原因を作っているのは俺なのに、泣いてくれる彼女に喜びが湧き上がる。
嬉しさに自分の口角が自然と持ち上がる。

後……、一言だけ言えるだろうか?

「……君の…笑…顔を……、君を……。」

後、もう一言だけ……。

「俺…は、あ…いし…て…た……。」

どうにか最後の一文字まで彼女へ告げると、自分の意識が自分の体から離れていくのがわかる。
まるでどこか遠くからその様子を見ているかのように……。

白い雪は降り続く。
俺と彼女の上に、ひらひら、ひらひらと音もなく舞い降りて。
全てを消し去るように、全てを白く染めていく。
もう、二度と動くことのない俺と、その傍で泣き続ける彼女の下へやさしく降り積もる……。


俺は、君のことを愛していた。

俺に、こんな温かな気持ちを与えてくれてありがとう。

俺がそう言えば、君は与えたなんて、そんなことありませんっと顔を赤くして言いそうだな。

君の存在がなければ俺はこんな心を温かくすることはできなかった。

最期に君に逢えて良かった。

今まで何かを願ったことなんてなかったけれど……、

太陽のように眩しい君に、涙は似合わない。

だから、どうか君が笑っていられることを俺は願う。

あの、俺の心を温かさで満たしてくれた笑顔をいつも浮かべていてくれることを。

どうか、どうか、幸せに……


○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o。○o.。○o.。 ○o.。
ぎゃ〜、烝さん好きだ〜!!!!!
やっちまいました、山崎→←千鶴!!
あ〜もう途中からぐだぐだです。。。烝さんへの愛だけで書き上げましたよ。。。orz
史実を知らなかったわたしは、烝さん死んだときのショックはやばかったです。。。あっ、源さんもショックでした!!
彼には、生きて幸せになってもらいたかったです。。。烝さん羅刹ルート熱望!!
えっと、あ〜っと。。。いろいろ勝手に捏造しちゃってます。。。池田屋事件のとこなんて、ゲームの会話と全然違うし(爆
茶太さんの雪影聞いてたら、これはもう烝さんしかないでしょう!!っと思い、書き始めたのですが。。。かなり書き上げるまでに時間を要しました。
烝さん難しいです。。。orz
あっ、PS3版、"薄桜鬼 巡想録 限定版"今日買ってきました〜♪おそらく、特典だけiPod touchに入れて終わりそうですが……。
ここまで読んでくださってありがとうございますm(__)m

 

 

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