桜の下で逢いましょう


俺はまだこんなところで死ぬわけにゃいかねぇんだ。
「土方さんっ!!」
俺はどんなことをしてでも生きて、千鶴を幸せにしてやらねぇとなんねぇんだ。
「千鶴っ……。」
肺に穴でも開いてんのか息がうまくできねぇ。それに、血が止め処なく流れ出ているのがわかる。
今度こそ俺は、くたばっちまうのかもしれねぇ。
その前に千鶴に伝えなくちゃなんねぇことが山とある。
そう思い、俺の致命傷であろう傷を手当てしようとする千鶴に手を伸ばしかけたとき、
ズガァーーーーーーーーンッ
空気を震わせるほどの音が鳴り響いた。
それと同時に、俺の手当てをしようとしていた千鶴の体がゆっくりと傾いだ。
「ひ、じか、たさ、ん……。」
俺の名前を呼んだように聞こえた。
千鶴が俺に折り重なるよう倒れこんでくる様を何が起こったのかわからず、俺はただ瞳を見開いて見ていた。
それはやけにゆっくりに見えて、そのため現実味がなかった。
俺には倒れてくる千鶴を支える力も、千鶴が倒れてきた衝撃にも痛いと思える程の痛覚も残っちゃいなかった。
「おいっ、ち、づる?」
そう呼んだが、千鶴の返事はない。
自分のとは違う暖かい液体が流れ出ていくのを感じた。
自分のとは違うぬるりとした暖かい液体が手に触れるのを感じた。
その感触に俺の体が、頭が急激に冷えていくのを感じた……。
「おま、え、が、さ、きに、いっ、てんじゃねぇ、よ……。」
俺がそう声を出した直後、再び先程と同じ
ズガァーーーーーーーーンッ
空気を震わせるほどの音が鳴り響いた。
俺の瞳に写る一面の薄紅色が色を失くしていった。


意識が浮上して、はっとする。
またかよ……。
今まで、この白昼夢を俺は何度見てきただろうか?
もう、何度かわからない程見た。
いや、そもそも白昼夢と呼ぶのが正しいのか……?これは俺の前世の出来事だ。
俺が、新選組の局長、土方歳三であったときの最後の記憶だ。
以前は前世のことは覚えちゃいるが、それはあくまでも記憶であって、時折、その記憶を夢に見る程度だった。
それが、ここ最近は白昼夢でまで見るようになった。
あん時、俺は千鶴を守ってやれなかった。
千鶴……、俺と同じようにお前もこの時代に生まれて来てんのか……?
そして、俺がお前を覚えているように、お前も俺のことを覚えていてくれてんのか……?
そこまで考えてふと我に返った。
「ちっ……。」
こんな女々しいこと考えるなんざ、俺らしくねぇ、そう思って舌打ちをした。
そして、頭を切り替えるべく休憩がてら適当に入った喫茶店を後にした。
俺は今、北海道、函館に一人来ている。
大学4年に進学したばかりで、まだ本格的な講義は始まってねぇし、3年までの間にほとんどの単位を修得したので、時間に空きができた。
あの白昼夢のせいで最近いらいらしてることが多かったこともあり、気分転換に一人で旅行に行くことに決めた。
旅行するのはいいが、さてどこに行くか……そう悩んだときに頭に浮かんだのが、
この旅行を考えるきっかけとも言える白昼夢。
気分転換のはずが、計画の段階からそのことを思い出してりゃ世話ねぇなっと思いつつも、
前世の俺が死んだ場所がどんなとこだったのか見てみたくなり、行き先は北海道、函館に決めた。
そして、昨日の夕方、函館に着いたんだが、さすがにそんな時間から観光する気にゃなれなくて、今日の朝から移動を開始したんだが、
函館には生まれてこのかた来たことがねぇってのに、俺はどこか懐かしさを感じていた。
何か、見覚えがある気がすんだよな……。
既視感とはどこか違う、俺の魂が覚えているって言うのか……?
ここを進めばどこに行き着く、ここを曲がった先にゃ何があるってな感じだ。
五稜郭へ近付くつれて、その感覚は強くなっていった。
俺自身の記憶じゃねぇってのに、五稜郭の周りにあの時代の名残を感じ取り、胸が懐かしさでいっぱいになる。
どこを見ても、あそこでは千鶴とこんなことを話した、千鶴と二人でこの辺りをよく歩いた……
そんなことばかりが俺の頭ん中に浮かんでは消えていく。
そんな懐かしさを感じながら五稜郭の周りを歩いている内に、いつの間にか五稜郭の裏手まで歩いてきていた。
そこには、目の前が薄紅色で覆われるくらいに見事に咲き誇った桜の大樹があった。
今が盛りとばかりに咲き誇っている……。
桜の大樹を目にした途端、再びあの白昼夢を俺は見た。

……ああっ、俺は此処で散って逝ったのか。風間と刺し違えて俺はここで散った。
この美しくも儚い桜を視界へと写しながら……。

今までとは比較にならない程、色濃くその白昼夢は俺に前世を見せ付けた。
その時の感情までもがリアルに俺の心を侵していく。
俺は熱にうかされたようにふらふらとその桜の方へと歩みを進めた。

ああ、ここで散って逝ったあの時代から月日は流れて、俺は再びこの世に生を受けてきたというのに、この桜はあの頃と何一つ変わっちゃいねえ。
あの時と同じように気高く咲き誇っていやがる。
俺は、自分が散ったときと同じようにその桜の木の下へ寝転がった。
俺の視界は薄紅色一色に染まる。
そして、そのまま、目を閉じると心地よい風が頬を撫でて吹き抜けていった。
本当にあのときと変わらねぇ。

サクッ……
「……うそ……。」
人の気配と小さな呟きが聞こえ俺は目を開けた。そして、体を起こして気配がした方へ視線を向けるとそこには……
「ひ、じかたさん……。」
驚愕に瞳を見開いた、俺がかつて愛した女が立っていた……あの時と変わらぬ姿で……。
烏の濡れ羽色をした美しい黒髪も、大きな栗色の瞳も何も変わっちゃいねぇ。
「……ち、づる……。」
喉が、口がからからでうまく声が出ねぇ。
「……千鶴っ!!」
俺は自分の喉を叱責し、今度は力強くもう一度彼女の名前を呼んだ。
早く千鶴の元へ駆け寄りたいのに、足がもつれてうまく走れねぇ。
十秒にも満たない時間だったはずだが、時間の流れがやけに遅くてスローモーションのように感じた。
千鶴の元へようやく辿りつき、俺は夢中で千鶴を掻き抱いた。
「千鶴っ……。」
「土方さんっ……。」
俺に応えるように千鶴も俺の背に手を回して抱きしめてくれた。
その瞬間、どこからともなく声が聞こえた。

「桜は、儚くも力強く咲き誇って……土方さんのようなので好きです。」
「桜はお前によく似合うから、俺は桜が好きだ。」

その声を掻き消すかのように、桜の大樹が風に吹かれザァッと音を立てて花びらを舞い散らせる。
桜吹雪の舞い散る中、俺は千鶴を抱き締めていた手を少しだけ緩め、顎に指をかけ上向かせた。
涙をいっぱい瞳に溜めて、止め処なく涙を流しながら千鶴は俺を見上げていた。
「相変わらず泣き虫だな、おめぇは。」
そう苦笑しながら涙を拭ってやったが、すぐにまた新しい涙が溢れてくる。
ぽろぽろと零れ落ちる涙はまるで真珠のように美しかった。
「そんなことないです。」
涙をなおも流しながら千鶴がそう言ったので、俺は苦笑した。
「まあいい、今は泣きたいだけ泣け。お前の涙を拭うのは俺だけの役目だからな、俺がいる前でならいくらでも泣いてもいいさ。」
そう言って、千鶴の瞳から今にも零れ落ちそうになっている涙を唇で掬った。
俺のその行動に千鶴は驚いたのか大きな瞳をさらに大きく見開いた。
あの頃と変わらねぇな……。
変わらねぇでいてくれて、俺に再び廻り逢ってくれてありがとう。
こんなこと口に出しては言えねぇが、本当に千鶴が千鶴のままで、俺を覚えていてくれて良かった……。
心ん中で喜びを噛み締めながら、俺は千鶴の唇に俺のそれを優しく重ね合わせた。

この時代に生まれてきた俺達が再び廻り逢えたのは、偶然か必然か……。
それとも運命とか言うものだったのか……。
いや、違うな。そんなんじゃねぇ気がする。
さっき聞こえた声といい、桜(おまえ)のおかげか?
かつて桜(おまえ)を好きだと言った俺達に対する礼代わりに、桜(おまえ)が起こした奇蹟なのかもしれねぇ、そう思った。

俺たちゃこの記憶を失わねぇ限り、何度でも廻り逢えんだろう。
桜が俺とお前を繋いでくれる。
何度でも、桜の下で逢いましょう。


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土方BAD ENDを見たときに転生パロ書きたい!!って思いプレイした翌日一気に書き上げました。
話の流れ上出すことがなかったのですが、千鶴ちゃんは高校1年生設定です。北海道には、社会科見学ってことで来てます。
好きな歴史建造物のところを回って後でレポート提出ってことだったので、前世の記憶がある千鶴ちゃんは五稜郭を選んだんです。
そして、五稜郭裏手の桜を見るべく回ってきたところで土方さんと再会したのです。
一応はそういう設定で書きました。。。
これ、続編とか書いてみたいので、もしかしたら書くかもしれないです。。。
自己満足のために。。。
ここまで読んでくださってありがとうございましたm(__)m
2010/1/16 加筆・修正
ホントは桜が好きってとこってHAPPY ENDでしかないんですけどね〜、勝手にED前にそういうことがあったってことにしちゃいました(苦笑
好きなんですよ、桜と千鶴と土方の3点セット!!
読んでくださってありがとうございます!!

 

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