遙かなる時空を越えた未来(さき)で


「こっちに来て多少は変わったかと思いきや、全然変わってねぇな、頼久。相変わらず頭ん中がっちがちに固ぇし。」
親友の天真がそのようにわたしに言ってきた。天真のその言葉を聞いて、神子殿……、こんなことを言ってはまた怒られてしまう……。
"あかね"がくすくすと笑っている。
「ふふふっ。仕方ないよ天真くん、これが頼久さんだもん。」
「まあな〜っ。しっかし、それでもいい加減言葉使いくらい慣れろよな〜。さっきだって、
"あかね、今日の勉学は終わられたのですか"って明らかにおかしいだろ!!」
天真がそのように喚くが、自分にはどこがおかしいのかいまいちわからない。天真の言いぶりにむっとしながら尋ねる。
「いったい、何がどのようにおかしいと言うのだ、天真。」
わたしの言葉を受けて、天真が驚いたような顔をした。あかねはまたもやくすくすと笑っている。
「お前な〜……。あ〜、もういいわ、お前はそのままでいろよ。」
天真は手をひらひらと振りながら、あきらめたようにそれだけ言った。自分の言ったことの何がおかしかったと言うのだろうか。
おかしいのであれば直さなければあかねの迷惑になってしまう……、何がおかしかったのだろうかと頭を悩ませ始めたその時、
突然、わたしの眉間に触れるものがあり驚くと同時にあかねの声がした。
「頼久さん、また眉間に皺が寄ってます。本当に皺直らなくなっちゃいますよ?」
あかねのその行動に、ふっと京にいた時にも似たようなことがあったと思い出した。

かつて、天真とわたしが言い争いをしまったときに、あかねが橋から落ちてしまい、
主を危険から守るどころか危険な目に遭わせてしまったわたしは、己の不甲斐無さを責めていた。
そのときあかねはこうやって、わたしの眉間に指を当てて今のように言ったことがあった。

そのことを思い出し、天真の言うとおり、わたしはあの頃から何も変わっていないと思った。
せっかく龍神のおかげであかねのいる世界へ来ることができたというのに、まるで変わっていない。
そんなことを考えていると、眉間に置かれた指にぐりぐりと眉間をこねくりまわされた。
「もうっ、頼久さん!!眉間の皺、禁止です!!」
すっかり物思いに沈んでいたので気付かなかったが、いつの間にか先程よりも側にあかねの存在があった。
視線をずらすと身長差があるとはいえ、意外に顔が近いところにあり驚き、思わずその場から飛び退いた。
「うわっ、申し訳ございません、神子殿。神子殿にこのように触れてしまうなど……。」
驚きから頭が混乱し気付けば片膝、片手を地につき項垂れて謝罪していた。
一瞬の沈黙の後、辺りから声が聞こえてきた。
"何なに、あの人どうしたの??"
"ドラマの撮影か何かか〜?"
"わっ、見てみて!!あの人かっこいい〜!!"
そこかしこからそのような声が聞こえてくる。自分のことを言われているのだとは露ほども思わず、
何かあったのだろうか?と思った矢先、頭上から声が降ってきた。
「頼久さんの馬鹿〜〜〜〜〜っ!!」
その言葉にわたしが顔を上げてみると、神子殿はちょうど踵を返して、わたしに背を向け走り出したところだった。
この光景に、天真はついにやってしまったなっと言ったようなあきれた表情を浮かべていたが、
神子殿の背中しか見ていなかったわたしが気付くはずもなかった。
一瞬の出来事にわたしは呆けてしまったが、すぐに我を取り戻すと急いで神子殿を追いかけた。
こちらの世界でも、一人で出歩いて安全なはずがないのだ。どこの世界でも何が起こるかわかりはしない。
すぐさま追いかけたせいか、そんなに運動が得意な方ではない神子殿にわたしは容易く追いつくことができた。
"神子殿っ!!"そう呼びかけながら、彼女の細い手首を掴み引き止めると彼女はわたしの手を振りほどこうとした。
「離してくださいっ!!」
彼女にそう言われ一瞬怯んだが、そんなことができるはずもなく"離しませんっ……。"と、彼女の手首を掴む手に力をこめた。
ふりほどくのは無理と思ったのか、他に理由があったのか……、彼女は手をふりほどくことをあきらめたようだった。
お互いが何も言うことなく、沈黙が続いた。どうして、走り去って行ったのか聞いても良いものかと思いあぐねていると……。
「……わたしはもう、"神子殿"じゃありません。頼久さんだってもう、八葉じゃありません!!」
そう言うと、わたしの方へと向き直った。
その大きな瞳には、いつ零れ落ちてもおかしくないほど、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
彼女は哀しげな表情を浮かべたまま言葉を続けた。
「四神の加護が戻って、龍脈も正常になって……京が平和になったから、わたしはこっちの世界に戻ると言ったとき、
頼久さんが自分が生まれ育った世界を捨ててこっちについて行くって言ってくれましたよね。
あの時わたし、すごくすごく嬉しかったんです。
でも、こっちの世界へきて龍神の神子でも八葉でもなくなって、ただの元宮あかねと源頼久になったはずなのに、頼久さんは相変わらずわたしには敬語で……。
最近になってまだ敬語だけどやっと、わたしの事を名前で呼んでくれるようになってくれて喜んでいたのに……。」
最後の方は声が少し震えていて、小さな声だったがそれでもわたしには大きな声で言われているかのようにはっきりと聞こえた。
そのように彼女は思っていたのだと初めて知った事実が、わたしの中に大きな衝撃となって入ってきたのだ。
彼女は俯き、彼女の頬を伝い雫が零れ落ちた。
つい先程のことを思い返してみれば、たしかにわたしはいつの間にか、また"神子殿"と呼んでしまっていた。
その事実を思い出し思わず自分の口を手で覆った。
このことが、彼女をこのように悲しませ傷つける原因であったのだ。

あかねが龍神を呼んだとき、あかねが消えてしまうかと思った。わたしはあかねに何一つ伝えたいことを伝えていない。
彼女を失いたくない……その一心で体が動いていた。
その思いが龍神に通じたのか彼女を失わずに済んだ……。
あかねを失いたくない、あかねは自分がずっと守りたい、光のように眩しい彼女の傍で生きていきたい。
そう思い、生まれ育った京を捨てることを決め、あかねの生まれ育った世界へいきたいと願った。

これから未来(さき)はあかねと共に……そう思って、こちらの世界へやってきたと言うのに、
わたしはあかねを悲しませ、傷つけて……そんなことしかしていない……。
京は平安を取り戻し、わたしはあかねの住む世界へとやってきた。
……神子と八葉でなくなったと言っても、彼女が清らかで穢れなき光輝く存在だと言うことと、わたしが血に塗れた罪深き影の存在である事実は変わらない。
この血に塗れたわたしの手で彼女に触れては彼女が汚れてしまうのではないかと恐れている。
それ故に、わたしは彼女への思いをはっきりと自覚していながら、思いを伝えることができずにいる……。
それにわたしは、彼女が、京での最後の戦いの前に気持ちを伝えてくれたのに、拒絶した。
神子と八葉だから、天真の思い人だからと……それらを言い訳にして逃げた。
そんなわたしに今更思いを告げられてもきっと迷惑だろう……。
そう思いただ傍にいられれば……と思っているにも関わらず、彼女を思う気持ちは以前よりも増している。
だから、わたしは押さえきれないこの思いを伝えたいと思う気持ちと、彼女を汚してしまうのではないか、今更なのではないかという思いから、
こちらの世界に慣れるまでは言えないと言って、彼女から逃げている。
そして、彼女の行動に動揺してしまい、わたしの意気地のない言動で彼女を傷付けてしまった。
何のためにわたしはこちらの世界へ来たのだ。彼女の傍にいるため、彼女を守る為、彼女に思いを伝えるためだったはずだ。
それなのに、自分の言動で彼女を傷つけてしまい本末転倒もいいところだ……。
真正面から気持ちをぶつけてくれるあかねに対して、自分も真正面から気持ちをぶつけるべきだと、ようやく気持ちが固まった。
あかねにわたしはふさわしくない、そんなことはとうに承知している。
けれど、彼女の傍にありたいのなら自分の思いから逃げるべきではない。

「……あかね……。わたしはあなたに伝えたいことがあります。」
わたしの言葉に、あかねは頬を涙で濡らしながら顔を上げた。
未だ大きな瞳から頬を伝う涙をわたしは指で拭いながら言葉を続ける。
何て小さな顔なのだろう。わたしの手にすっぽりと収まってしまい程小さく、華奢である。
「このような気持ちを抱いてはならない、決して他の者へ知られてはならないと隠してきました……。」
年端もゆかぬ娘……。この華奢な身体のいったいどこに京を守る力を秘めていたのだろうか……。
「貴女はわたしなんかが触れることも許されぬ程、気高く清らかな孤高の存在……。」
どんなに己が傷付こうとも、決して涙を流すことも諦めることもなく前へ進むのに、
周りの者が傷付けばそれを己の痛みのように感じ、心を痛め涙を流す心優しき娘……。
……守るべき存在、貴女を守り傷付けばあなたはそんなことはしないでと、涙を流しながら怒り哀しんだ。
「そんな貴女のことを知れば知るほど、貴女へ近づけば近づくほど、貴女はどんどんわたしの心(なか)へ入り込んできた……。」
貴女はわたしの中で光り輝く大切な大切な存在になっていった……。
「八葉と神子としてではなく……。」
誰にも渡したくない……、わたしだけが貴女を守る唯一の存在になりたい……。
「一人の男として、貴女の傍にいたい……。」
命尽きるまで、貴女の傍であなたの温もりを感じていたい……。
「貴女のことをお慕いしております……。」
ずっと隠し続けていた己の思いを全て吐き出し、わたしは彼女の前に跪き、彼女の御手へと口付けた。
そして、顔を上げ彼女の顔を見上げ、続けた。
「貴女の事を一人の男としてお慕いしております。このことを貴女へずっと伝えたかった……。」
わたしがそう言い終わるか終わらないかの刹那の瞬間に、わたしは温もりに包まれた。
「あ……か…ね?」
わたしは華奢な身体に抱きつかれていた。
「……わたしも、わたしもずっと、ずっと頼久さんの傍にいたい。わたしも頼久さんの事が好きなんです!!」
鈍器で殴られたような衝撃だった。嬉しさで頭がどうにかなりそうだ……。
「本当に嬉しいです……。」
抱きついていた身体を離して、わたしの方を見ながら大輪の花が咲いたような笑顔で言われた。
そのあまりに可愛らしい笑顔に気持ちが堰を切ったように溢れ出した。
「ずっと、貴女のお傍に……。」
そう言いながらわたしの唇と彼女の唇が近づき、重なる瞬間……。

「あ”〜、お前等さ〜……。」
その声にあかねとわたしは、声のした方に振り返った。
そこには、顔を赤くしながら頭に手を当てる天真と、ほくそ笑んでいる天真の妹の蘭殿、興味津々にわたし達の方を見ている人々がいた。
ようやく、ここが往来のど真ん中であったことを思い出したわたしは顔から火が出そうになった。
あかねの方を見れば、あかねもわたしと同じ思いなのか顔を真っ赤にし俯いていた。

―――――数年後。
コンコンッ
「どうぞっ。」
「あかね、準備は……。」
ドアを開けあかねの姿を見たわたしは声を失った。
出逢った頃には、童子のように肩よりも短かったあかねの髪は腰ほどの長さになり、
その髪は今日は美しく結い上げられ純白のベールをかぶっている。
ふわりと裾の広がった純白のドレスを身に纏うあかねはとても美しく、わたしは顔に熱が集まるのがわかった。
あかねの姿に見惚れていると、後ろから声がかかった。
「式の前に新郎は花嫁に逢っては駄目なのよ!!」
天真の妹の蘭殿は、そう言いながらわたしを追い出しにかかる。
「式まで後少しなんだから、そのくらい我慢しなさいよ!!」
あかねはその蘭殿の姿に苦笑しながら言った。
「また、後で。」
あかねのその言葉にわたしは頷くと部屋から出た。

天真、蘭殿、あかねの両親……こちらの世界へやってきてから今までに出逢ったいろんな人々から祝福されながら
フラワーシャワーの降り注ぐ中をあかねと微笑みあいながら歩く。
「あっ!!空を見てください、頼久さん!!」
あかねに言われ空を見上げると、白虹がかかっていた。
「龍神もわたし達を祝福してくれてるみたいですね。」
あかねがそう言うのでわたしが頷いて答えると、皆の声が聞こえた気がした。
あかねにも何か聞こえたようで、二人で顔を見合わせる。
あかねを共に守った仲間、八葉の皆のわたし達を祝福する声が……。


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遙かマンガ終わってしまいましたね……、マンガのEDの続きって感じで書きました(汗
とりあえず、頼久にあかねへの思いを告げさせたかったんです!!
まあ、結果ぐだぐだになってしまったのですが。。。orz
結婚式まで書いたのは、どうしても京に残った他の八葉に祝福の言葉をもらいたかったからなんです!!
最後、結婚式に八葉みんな参加しちゃう?って思ったんですけど、収拾がつかなくなりそうだったので、やめました(苦笑
いつか、八葉が結婚式に乱入編を書いてみたいですね〜♪っと言うか、遙か3みたいに八葉が現代に来て〜っを書いてみたいです☆
ぐだぐだなの書くの大好きなんです(汗
このような駄文にここまでお付き合い頂きありがとうございますm(__)m

 

 

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