ハロウィンパーティー〜遙かなる時空の中での場合〜


「神無月もあと七日で終わりますわね。」
「最近では、寒さも厳しくなって参りましたものね。」
あかねのいる部屋の御簾の向こう側で女房達が話している声が聞こえてきた。女房達の会話に出てきた言葉を拾い、
"神無月って……"
と考え始めたがそれは、御簾の向こうに現れた人物の声によって止められた。
「あっ、こんにちは。」
「これは、詩紋殿。」
「神子様に御用でございますか?」
御簾の向こう側から聞こえてきたのは詩紋の声。
詩紋は最初こそ、この世界で言う"鬼"と似た容姿をしているために、女房達から恐れられていたが、
詩紋の人柄の良さやその穏やかな性格に女房達も"鬼"とは全く違うと認識を改め、今では女房達の方から詩紋へ話しかけている姿もよく見られるようになった。
「えっと、はい。あかねちゃん部屋にいますか?」
「ええ、いらっしゃいますよ。お伺いして参りますのでお待ちください。」
女房があかねの下へ、お通ししても良いか確認に向かおうとして御簾へ手をかけようとした矢先、
御簾を少しずらしてあかねがちょこんと顔を出した。
「詩紋くん、どうしたの?」
その様子に顔を驚愕にひきつらせ、女房達は慌てふためく。
「まあっ、神子様いけません!!」
「神子様おやめください!!」
女房達は必死にあかねにその行動をやめさせようとするが、当の本人はきょとんとしている。
この時代、身分のある女性は男性の前に容易に顔を曝すことをしない。面と向かって会うときも扇子で顔を隠したりしている。
あかねに自覚はなくとも、白龍に選ばれた神聖なる神子は、とても貴い存在である。それこそ、帝に次いでと言えるのではないかというくらいに……。
その神子様が御自ら御簾から顔を出して、殿方(詩紋)に直接お声をかけている。
この日たまたま初めてあかねの傍に仕えていた女房達には、それは目を疑うような光景で、"青天の霹靂"慌てるのは当然のことだった。
常の女房達であれば、あかねが八葉の面々に対してとるそのような行動を最近では多少目を瞑ってくれる。
それに、あかね自身が周りにおける自分の存在の意味を自覚していないため、女房達のあまりの慌てように訳がわからずきょとんとしてしまった。
女房達が慌てる意味が察せられた詩紋は、その様子を苦笑しながら見るしかできなかった。

「詩紋くん、どうかしたの?」
結局、女房達があまりに必死になってあかねに"おやめください"と頼み込むので、何でかはよくわからないものの、
その必死さにあかねは一旦顔をひっこめた。それから詩紋は正式な手順を踏んであかねの部屋へとようやく入れたのだった。
「えっと、あのね、またお菓子を作らせてもらったんだ。だからあかねちゃんに食べてもらおうと思って。」
詩紋はにっこりと笑って、手に持っていた小箱の蓋を開けてあかねの方へと差し出す。
そこには、橙色の肉まんのような形をした物体が入っていた。肉まんよりもかなり小さいけれど、見た目は肉まんによく似ていた。
「何だか形は肉まんに似てるけど……、詩紋くんの新作?」
先程見て思ったことをあかねは告げて何なのか問いかけてみる。
「うん、まあそうかな?とりあえず、食べてみてよあかねちゃん!」
あかねの問いに明確な答えを出さないまま、詩紋は笑顔であかねに食べてみてっと促してきた。
詩紋の作るお菓子はいつも美味しい。元の世界にいた時から今に至るまで、お菓子を作っては、よく食べさせてくれた。
けれど、食べたことのない未知の食べ物なだけに、おそるおそる手を伸ばして一つを手に取る。
見た目も手に持った感じもやはり肉まんに似ている。いや、肉まんと言うよりもあんまんやピザまんの形状に似ていると思う……。
"詩紋くんの作ったものなんだから、不味いはずないよね。"
あかねは心の中で一人ごちると、"いただきます。"っと言って、手に持った橙色の物体に齧り付いた。
その途端、とても甘いのに甘すぎることのない上品な甘さが口の中いっぱいに広がった。
その甘い味を堪能しながら、齧り付いた物体に視線を落とすと、中には餡のような物がぎっしりと詰まっていて、
それは餡を包んでいる橙色よりもさらに鮮やかな橙色をしていた。
橙色でこの甘い味、知っている甘い味にあかねは詩紋へ問いかける。
「これって、南瓜だよね?甘くて美味しいっ!!」
「うん、そうなんだ。もう南瓜の旬は過ぎてるんだけど、保存のきく野菜だからまだ残ってたみたいで、
南瓜見てたらこの"南瓜あんまん"を思いついて、少し分けてもらって作ったんだ。」
にこにこと笑いながら詩紋が答えた。
「そうなんだ〜。うん、本当にこれ美味しい!!流石詩紋くんだねっ♪」
「喜んでもらえて良かった。」
詩紋の美味しいお菓子を食べているあかねはもちろんのこと、あかねの満足そうな様子に詩紋も嬉しそうにしている。
「ねえ、詩紋くん。さっき女房さん達が話してるのを聞いていて思ったんだけど、神無月って十月のことだよね?」
先程の詩紋の登場によりすっかり忘れていた疑問を再び思い出し、あかねは問う。
「そうだよ。それがどうかしたの?あかねちゃん。」
「あっ、ううん。ただ、神無月もあと少しって言ってたからもうすぐハロウィンってことか〜って思ったの。
ほら!ちょうど詩紋くんの南瓜のお菓子もあるし、もうそんな季節なんだなって……。何だか少し向こうの世界が懐かしいな〜ってね。」
少し寂しげな表情で笑うあかねがそう言うと、詩紋はかける言葉が浮かんでこず口を噤んでしまった。
甘いお菓子でも食べて、あかねちゃんに喜んでもらおうと思いこのお菓子を作ってここに来たはずが、
逆に元の世界を思い出させてしまうようなことになり、詩紋は落ち込んだ。
あかねも詩紋も黙り込んでしまい、沈黙がこの場を支配しそうになると、廊下をドスドスと歩いてくる足音と、
小走りしているような二つの足音とその人達のものであろう話し声が聞こえてくる。
「お待ちください、天真殿っ。」
「ああっ?何でだよ。あかね〜、いんだろ?入るぞ〜っ!!」
「女性の部屋へそのように軽々しく入られては困りますっ!!」
どうやら、あかねのところへやって来た天真と、部屋へそのまま入ろうとする天真を止めようとしている女房達のようだ。
女房達の必死の制止もむなしく、天真はあかねの部屋の御簾をざっと押し上げると、"おっ、詩紋もいたのか。"っと、
笑ってあかねの部屋へと入ってきて、どかっと二人の目の前に座った。
その様子にあかねと詩紋は顔を見合わせて苦笑する。そして、どうしたのかと聞くべくあかねが口を開いた。
「天真くん、いきなりどうしたの?」
小首を傾げて天真へあかねが問いかけると、天真は"んっ?"といった様子で辺りを見回す。
あかねの問いかけに答えずとったその行動の意味が全くわからず、あかねと詩紋は再び顔を見合わせる。
「あれっ、頼久の奴どこ行ったんだ?」
どうやら、頼久と共にあかねのところへ向かっていたらしい。あかねの自分一人を指しての問いかけでようやく頼久がいないことに気づいたようだ。
その時、ちょうど女房に案内されて頼久があかねの部屋へと入ってきた。
「おっ、頼久!お前何やってたんだよ?」
片手を挙げて頼久に声をかける天真を見るや否や、頼久がやや声を荒げて言う。
「天真っ。神子殿の部屋へ御簾をあげて勝手に入るなどと、無礼ではないか!!神子殿、申し訳ありませんでした。」
天真を叱責しすぐ様、頼久は床へ片膝をつきあかねへ頭を下げる。
その頼久の行動にあかねはぎょっとして、大慌てで頼久に頭を下げるのをやめさせようとする。
「わたしは全然気にしてないですから、頭なんて下げないで下さい。」
頼久の前で必死にあかねがそう言うと、片膝ついた状態で少しだけ顔を上げた。
「しかし、神子殿……。」
それでは気がすまないとでも言いたげな視線であかねを見る頼久。その姿は例えるならば、うなだれるジャーマンシェパードのようで、
思わずあかねは可愛いと思ってしまったことは、誰にも言えない。
兎にも角にも、どうすれば頼久が納得して頭を下げるのをやめてくれるのか、あかねは悩む。
「ん〜……。そうだ!!わたしやりたいことがあるんです。頼久さん、その手伝いをしてくれませんか?
別に怒ってないですけど、それを今回の罰ということにすれば頼久さんも納得してくれますよね?」
これは妙案だとばかりに嬉しそうに、にっこりと笑ってあかねは頼久に提案した。
「神子殿のやりたいことですか……?そんな事でしたらいくらでもお手伝い致しますが、そんな事で本当によろしいのですか?
神子殿のやりたい事であるならば、手伝うのは当然のこと。罰ではないと思うのですが……。」
あまり納得してない様子で言う頼久に、あかねは言葉を重ねる。
「これが今回のことの罰です。だからしっかり手伝ってくださいね!よろしくお願いします!」
罰であるはずが逆にあかねにお願いしますと頭を下げられて、慌てる頼久。あかねと頼久の様子に、放っておくといつまでたっても堂々巡りで
話が進まないと踏んだ天真が、話を前に進めるべく口を挟んだ。
「んで、あかねは何がやりたいんだよ?」
天真があかねに問いかけると、同じくわからないといった表情で詩紋も"うんうん"っと頷いて目で問いかける。
天真と詩紋の疑問にあかねが楽しそうに笑って言う。
「もうすぐ、神無月も終わりだよね?」
「んっ?ああっ、そういやそうだな。」
あかねの言葉に今日が何日かしばし考え、天真が答える。
「神無月の終わりには何があるでしょう♪?」
クイズを出すようにして楽しげに言うあかねの様子に、天真と頼久が来るまでしていた話に答えがあると気づいた詩紋。
「神無月の終わり?……何かあったか?」
何も思い当たらない天真が詩紋の方を見遣ると、詩紋が声を出さず口の動きで言葉を形作る。
その口の動きを読み取りながら、それに天真が音を乗せる。
「は、ろ、う、い、ん?」
天真としては意味を考えず、詩紋の口の動きにそのまま音を乗せただけだったが、あかねは嬉しそうに笑って、
「正解っ!!ハロウィンパーティーをしたいなぁって思って。」
とさらりと言った。詩紋の南瓜を使ったお菓子でハロウィンのことを思い出し、あかねは元の世界が懐かしくなった。
けれど、こちらの世界でもちょっと違うだろうけれど、ハロウィンパーティーをやろうと思えばできると思い、
藤姫と八葉の皆とハロウィンパーティーをやってみたいと思ったのだ。
あかねの言葉に驚く天真とあかねのやりたいことって……と何となく見当がついていたので、やっぱりっと納得した詩紋。
ここでハロウィン!?っと思った天真だが、すぐにけっこうおもしろいことになりそうだとにやりと笑い賛成し、
詩紋もあかねの嬉しそうな様子と反対する理由もないので、楽しそうだねと天真に続いて賛成の意を示した。
「どんな風にやるのか考えてんのか?」
天真の言葉を皮切りに、あかねと天真、詩紋はどうしようか?とハロウィンパーティーの計画を練り始めた。
頼久だけは、"ハロウィン"、"パーティー"という聞いたことのない言葉の意味がわからず、理解できずにそこで固まっていた……。


あかね発案の"ハロウィンパーティー"を実行すべく、天真、詩紋と未だ何をするのかわかっていないが神子殿の願いとあらばと頼久は奔走していた。
もちろんあかね自身も準備に積極的に動いていたが、藤姫が心配するため自由に外出は出来ない。
そのため、あかねは専ら土御門の邸内でできることをやって、外へ出ないとできないことは三人に頼んでいた。
神無月の最後の日に、八葉皆を呼んで、藤姫も含めて皆で宴を開きたいのだけど……っと藤姫に許可を取り、
土御門邸で宴を開くので来て下さいと八葉の皆へ文を送り、泰明にはハロウィンで重要なある事を頼むため、
土御門邸に来てもらったり、怨霊の封印に同行してもらったときに絵に描いて必死に説明したりもした。
あかね、天真、詩紋の三人以外の他の面々はただの宴だと思ったまま、着々と"ハロウィンパーティー"の準備は整い、月日は流れていった。


ついに神無月の最後の日……、あかね達の住む世界でいう十月三十一日を迎える。
ハロウィン当日の今日、土御門の御邸では宴の為の準備が慌しく行われていた。料理は、邸の人達にお願いし、
お菓子はあかねと詩紋で用意していた。ハロウィンパーティーをやる切欠になった、南瓜のお饅頭も作られている。
そして、八葉の皆へ指定した刻限の一刻程前に泰明が土御門の邸へ現れた。泰明にはある事をやってもらうために、
皆より半刻程早く来て欲しいと頼んでおいたのだが、指定していた刻限よりも些か早く泰明はやって来た。
「泰明さんっ!!すみません、他の皆より早く呼び出してしまって……。」
あかねが申し訳なさそうに泰明に言うと、いつも無表情の泰明が嬉しそうに微笑んで言う。
「問題ない。……神子の頼みで自分ができることならば、やるのが道理。それに、神子が自分を頼ってくれたことを何より嬉しく思う。」
泰明の言葉に僅かに頬を赤く染めながらあかねは、"ありがとうございます。"と嬉しそうに笑って言った。
それから半刻程の間に、宴を行う予定の部屋へ泰明はあかねから頼まれた術を施していった。
泰明が術を施し終わると、その部屋に入ってみたあかねは感嘆の声を上げる。
「すごいっ!!流石です、泰明さん!!」
あかねの嬉しそうな様子に、泰明も嬉しそうに微笑んだ。

八葉の面々へ送った文で指定した時刻の半刻程前になり、最初に土御門邸を訪れたのは永泉であった。
そして、次いで鷹通、イノリの順に訪れ、最後に友雅が現れた。
我等が神子殿の仰せとあらば、従わない者などいるはずもなく、指定した時刻よりも早いが既に八葉全員が揃っていた。
そこにあかねが藤姫を連れてやって来て、そのまま皆を宴を行う部屋へと案内する。
「神子様。」
「なあに、藤姫ちゃん?」
藤姫があかねを見上げながら声をかけてきたので、あかねは聞き返す。
「今日の宴は、神子様がご提案なさった、神子様の住む世界で今日の日に行う宴と聞きましたわ。どのような宴ですの?」
「ほぅっ。そうなのかい、神子殿?」
藤姫の問いかけにあかねが答えようとしたら、いつの間にか藤姫とはあかねの逆隣を歩いていた友雅も会話に加わってきた。
「あっ、えと、はい。わたしのいた世界で今日は"ハロウィン"って呼ばれるイベント……じゃなかった、えっと……
"ハロウィン"って呼ばれる収穫感謝祭を行う日なんです。まあ、元々は収穫感謝祭をする日なんですけど、
わたしの住んでいたところでは収穫感謝祭と言うよりも、皆で集まって楽しくご飯を食べたり、
仮装をしたりして楽しむ日って知られているので、皆さんともハロウィンを楽しんでみたいなって思って……。」
そう自分で言いながら、あかねはこんな理由でパーティーなんかして忙しい皆を呼んでしまってよかったのかな……?
っと今更ながらに不安になってきていた。
ただ、自分が元いた世界を思い出して恋しくなってしまい、ちょうどハロウィンの時期であったため、
皆でハロウィンパーティーをやりたいなんて我侭を言ってしまった。
この種のお願いを藤姫は快諾してくれることも、八葉の皆が何も言わないことを自分は知っていた筈だ。
自分は普通の女子高生でたまたま白龍の神子として選ばれたというだけ、そんな自分が皆に甘えて我侭を言っていいはずがないと、
今までは言わないようにしていたのに……そうあかねは考え始め、楽しかった気持ちはどんどん萎んでいく……。
俯いてしまったそんなあかねの頭をやさしく撫でる手があった。
自分の頭を優しく撫でる手に気が付いたあかねが顔をあげてみると、そこにはやさしい微笑みを浮かべる友雅がいた。
「神子殿がそのように思ってくれたなんて光栄だね。君はいつも聞き分けが良すぎる。
たまには、このような我侭の一つでも言ってくれて良いものを、全く言わないのだからね。
わたし達のことを頼りに思ってくれてないのではないかと寂しかったのだよ。」
あかねの考えを全て見透かしたかのように友雅が言う。
「君はいつも何にでも一生懸命すぎる、たまには肩の力を抜くことも大切だよ。いつも肩肘張っていたら疲れてしまう。
そんなことしていたら大事なときに力が出せなくなってしまうだろう?だから、これは良い休息になるのではないかと思うよ。」
やさしくあかねの頭を撫でながらそこまで言うと、友雅はあかねの耳元へ口を寄せて、あかねにだけ聞こえるくらいの小さな声で囁く。
「それに皆君が、宴を開いてわたし達を呼んでくれたことをものすごく喜んでいるんだよ。もちろんわたしもね。
ただ、皆にお誘いの文を出していると知ったときは少々おもしろくなかったけれどね。次はわたしだけを誘って欲しいな。」
艶っぽい声で耳元で囁かれては、たまったものではない。あかねは顔を真っ赤にして、腰が立たなくなってしまい、
その場へ崩れ落ちそうになったが、友雅がすぐ様あかねの腰に手を回し支える。
結果、友雅と密着する形になりあかねの体温はますます上昇し、顔は茹蛸のようになった。
「おや?大丈夫かね、神子殿。」
面白がるように、友雅は再び耳元であかねに問いかける。それに対してあかねは弱々しい声で言葉を返した。
「だっ……大丈夫ですっ……。」
そう言って、腕を突っ張って友雅の腕から抜け出そうとしていると、二人のやり取りの一部始終を間近で見ていたある人物の声があがった。
「友雅殿っ!!何をいつまでも神子様のことを触ってるんですか!!軽々しく神子様にお触りにならないで下さいっ!!」
藤姫からの助け舟……、いや、本気で友雅を怒る声がした。
「おやおや、神子殿の小さな母君がご立腹のご様子だね。名残惜しいが神子殿を解放するしかなさそうだね。」
友雅が苦笑しながらようやくあかねの事を解放すると、藤姫があかねを自分の背にかばうように友雅の前に立ちはだかった。
ガルルルルッと今にも友雅に噛み付きかねない勢いで、警戒する藤姫に、"やれやれ、わたしも神子殿の保護者殿に随分と警戒されているものだ。"
っと友雅は、ますます苦笑いを濃くし肩を竦めた。
ようやく、あの友雅との密着状態から抜け出したあかねは落ち着きを取り戻し、そこで自分がさっきまで不安に思っていた気持ちや、
自己嫌悪していた気持ちなどすっかり忘れ去っていたことに気が付いた。
そして友雅の言葉を思い出し、友雅の優しさと心遣いにあかねは心が温かくなり、自然と顔が綻んでいった。
もう、ここまで来たんだから楽しまなきゃ、もったいないよね?あかねはそう思うことにした。

泰明に術を施してもらった部屋へとようやく着き、まずはあかねが中に入ってから他の面々を部屋に招き入れる。

「おっ、さすが泰明だなっ!!」
「こんなこともできるんですね、すごいな〜。」
準備を手伝っていたため知っていた事もありすんなりと受け入れて感心するのは、天真と詩紋。
「これは一体どうなっているんですの、神子様!?」
大きな瞳を更に大きくして驚く藤姫。
「これは……。」
驚きからそれ以上の言葉が続かなくなってしまった鷹通。
「ほうっ。流石、稀代の陰陽師と謳われる安倍晴明殿の弟子だねぇ。」
驚くことなく妙なところに感心している友雅。
「一体どうなっているのでしょうか……。」
困惑した表情を浮かべる永泉。
「うわっ!!すっげぇ〜!!おもしれぇな、これっ!!」
おもしろいものを見たと素直に感動している様子のイノリ。
「神子殿、これは一体っ!?」
準備を手伝ったもののこの事は知らされていなかったため、驚きを隠せない頼久。
「問題ない。」
何事もないかのように部屋に入ってきたのは、あかねに頼まれこの部屋に術を施した当の本人である泰明。
部屋に入った途端、様々な反応を見せる皆の様子にあかねはサプライズ成功!!っといった様子で嬉しそうに笑った。
「神子様っ、これは一体何が起きているんですの!?」
普段、あかねよりよっぽど大人びている藤姫が、珍しく取り乱し、慌ててあかねの下へと駆け寄ってきた。
自分の姿や八葉の皆の格好を何度も見てはおろおろとしている。
その慌てふためく様は、初めてみる藤姫の年相応な態度な気がして、あかねはどこか微笑ましく思いくすりと笑う。
あかねのその様子に気が付いた藤姫は、"神子様〜っ!!"と笑ってる場合じゃありませんっと泣きつくようにあかねを呼んだ。
藤姫がこんなにも取り乱して、天真、詩紋、友雅を除く八葉の面々が驚いているのは、自分達の姿、他の面々の姿に対してである。
あかねが泰明に頼んでこの部屋に施してもらった術は、術の中に入ればその人の姿がいつもの姿とは変わるものだ。
ただ、それはこの部屋の中でのみの話で、部屋に入ることなく中の様子を見た場合は平素と何ら変わらなく見えている。
しかも、今回このハロウィンパーティーにあかねが呼んだ面々のみ姿が変わるような術だ。
この部屋に入った時点で、藤姫は長い髪の毛は綺麗におだんごに結いあげ、ベビーピンク色のワンピースを着た姿になった。
つまり今、八葉の皆とあかね、藤姫はこの術内に限り、あかねのいた世界の格好をしている。
あかねと天真、詩紋からすれば馴染みのある格好であるが、他の面々からすれば違和感がないはずがない。
頼久は、長い髪の毛は跡形もなく短くなっており、淡い青色のストライプシャツに藍色のジャケットに黒のデニムという服装。
天真は、元の世界でバイクに乗るときにしていたような格好で、インナーは薄手の白のVネックで、茶色の暖かそうなアウターを着てデニムという服装。
鷹通は、生成りのワイシャツに赤のネクタイ、こげ茶のベストにベージュのジャケットにダークグリーンのパンツという服装。
友雅は、白に近いアクアマリン色のシャツに、紫紺のジャケットを羽織り、ボトムはデニムという服装。
詩紋は、オレンジのトレーナーにデニムのオーバーオールという可愛らしい服装。
イノリは、赤のキャップに白の少し大きめなパーカー、デニムのハーフパンツという服装。
永泉は、ミディアムパープル色のインナーに茶色の襟のついたベージュのアウター、ボトムはアウターより色の濃いベージュのコーデュロイのパンツという服装。
泰明は、オリーブ色のインナーに黒のジャケットとボトムが黒のデニムという服装。
そしてあかね自身も、此方の世界でのいつもの水干を着ている姿ではなく、オフホワイトのアンサンブルと、
赤のタータンチェックのミニスカートに、ニイハイのソックスという格好をしている。
あかねはぐるりと皆を見て、満足気に笑うと藤姫の問いに答えるべくようやく口を開いた。
「ふふふっ。やっぱり皆よく似合ってるね♪藤姫ちゃんも似合ってるし、すっごく可愛い!!
これはね、わたしや天真くんや、詩紋くんがいた世界の格好なの。ほら、最初にわたし達がこの世界に来たばかりの時、着てたやつに形が似てるでしょ?」
あかねの言葉に藤姫や他の面々は、その時のことを思い出してみる。そう言えばそうだったと、藤姫が頷く。
「けれど、どうしてこの部屋に入るとこのように神子様の世界の着物を身に纏っている姿になってしまうんですの?」
今自分の身に纏っている物があかねの住む世界のものというのはわかったけれど、なぜこのような格好になるのかという疑問が残った。
「それはね、さっき、わたしの世界で今日がどんなことをする日か言ったよね?」
「ええっ。皆で集まって楽しくご飯を食べたりする日でございますよね?」
藤姫は先程、ここに来るまでの間にあかねから聞いたことを思い出して答える。
「それはそうなんだけどね……、その後もう一つ何かするって言ったじゃない!?」
あかねが藤姫に再度問いかけてみると、藤姫は再び先程のやり取りを思い出そうとした。
「……ご飯を食べたり、仮装したり……。」
「そうっ!!仮装!!」
欲しい言葉が藤姫の口から出ると共に、あかねが勢いよくその言葉を肯定した。そして、その勢いのままに言葉を続ける。
「ハロウィンパーティーって言ったら、仮装しないとって思ったんだけど、わたしじゃ、衣装の用意なんかできないし……。
それで、散々悩んだ挙句に思いついたのがコレなのっ。皆にこんなの着て欲しいなぁって、天真くんや詩紋くんにも一緒に考えてもらって、
それを泰明さんに絵とかで伝えて、この部屋に入るとその格好をしたようになるよう術をかけてもらったんだ。
これだって、立派な仮装でしょ?」
あかねの言葉に、皆、自分の今着ている着物はあかねが必死になって考えてくれたのかと、
まじまじと自分の姿を見返し、自然と顔が綻んでいった。
「神子様っ……。とても嬉しいのですが、言ってくだされば神子様の手を煩わせることなく着物の用意などすぐに致しましたのに。」
藤姫もあかねが自分の着ている着物を考えてくれたことがとても嬉しくあったが、それ以上に
あかねの手を煩わせてしまったのではないかと思い、そのように告げるとすぐ様あかねが言葉を返してきた。
「ううんっ。それじゃ意味ないの。わたし、駄目な神子だからいつも皆に迷惑かけてばっかりで……。
だからね、今回は皆の力に頼らないで自分の手でやりたかったの!!
皆に少しでも楽しんで欲しくて、いつもお世話になってますありがとう、これからも至らないところばかりの白龍の神子だけど、
どうかよろしくお願いしますって伝えたくて……。」
あかねの言葉にじんわりと心が温かくなるのを皆感じていた。
いつも、必死に頑張っているあかねを傍で見てきてこちらが励まされたり、叱咤激励されているというのに、
自分達のために、とあかねがこんなにも一生懸命企画して、準備してくれたのかと……、あかねの気持ちをどうしようもなく嬉しく思う。
その時、あかねが藤姫の方に向き直り、口を開いた。
「藤姫ちゃん、本当にいつもありがとう。藤姫ちゃんはわたしの妹で姉のような存在だよっ。」
あかねの言葉に、藤姫は感極まって瞳に涙が浮かんでくる。
「神子様と姉妹だなんて、もったいないお言葉です。神子様のお側にお仕えすることが出来てわたくし、どうしようもなく嬉しいんですのよ。
それなのに、このような宴まで……神子様がこの世界へいらっしゃる限りお仕えさせてください!!」
あかねは藤姫の言葉がとても嬉しくて、"ありがとう"っと笑顔で伝えた。
あかねは頼久の方に向き直ると口を開く。
「頼久さん、いつもありがとうございます。いつもわたしの我侭で振り回しちゃってごめんなさい。
これからも迷惑たくさんかけてしまうと思うんですけど、よろしくお願いしますねっ。」
頼久は、あかねに頭を下げられて困惑した表情を浮かべながら、片膝をつく。
「そんなお言葉もったいのうございます。神子殿にお仕えできることはわたしの誇り。これからも貴女をどうかわたしに守らせてください。」
頼久が深々と頭を下げて言うので、あかねは慌てて頼久の顔を上げさせて"よろしくお願いします。"と伝えた。
次は、天真へ向かって言う。
「天真くん、元の世界にいた頃からお世話になりっぱなしだね。本当にいつもありがとう!!これからもよろしくお願いします!」
あかねが可愛らしくにっこりと笑って言うので、天真はカッと頬が熱くなり口が緩みそうになるのを手で隠して答える。
「っんなこと、わざわざ言わなくても良いんだよ。俺とお前の仲だろっ、そんなこと気にしなくていーんだよ。」
そう言う天真に"おや、天真。顔が赤いようだがどうかしたのかい?"っとニヤリと笑いながら友雅が言った。
"うるせぇ、友雅!!"そう答える天真。天真と友雅のやり取りを笑いながら、ぶっきらぼうだが、天真の優しい言葉にあかねは"ありがとう"っと小声で言った。
今度は鷹通へ向き直り、言葉を紡ぐ。
「鷹通さん、いろんな事教えてくれてありがとうございます。まだまだ知らないことだらけで呆れられるかもしれないですけど、
これからもいろんな事教えてくださいっ!!お願いします。」
あかねの真摯な眼差しに鷹通は表情を柔らかくする。
「神子殿ほど優秀な教え子はいませんよ。あなたが乞い願うのであれば、あなたの望むままにわたしは致しますよ。」
鷹通の優しい眼差しにあかねは、"ありがとうございます"っと笑顔で頭を下げた。
くるりとイノリの方を向き直って言う。
「イノリくん。イノリくんを見てるとわたしも頑張らなきゃって前向きになれる。いつもありがとうイノリくん!!
これからもよろしくお願いします。」
あかねの言葉に、イノリは顔が熱くなってそれを隠すようにそっぽを向いて言う。
「ばっ、ばっかやろー!!俺なんかよりお前の方がよっぽど頑張ってるじゃんか。俺は、
お前に礼言われるようなことなんかしてねぇんだから、さっさと頭上げろ!!」
イノリの顔が赤いことに気が付いたけれど、それを言うとイノリは怒るだろうなっと笑いながら、"ありがとう"っとあかねは伝えた。
イノリの隣にいる詩紋を見つめて言う。
「詩紋くん。どこにいても変わらない詩紋くんの優しさと心の強さにいつも元気をもらってるよ。ありがとう、これからもよろしくね。」
真っ直ぐな瞳でそう言うあかねに、詩紋もあかねを真っ直ぐに見て答える。
「優しいのも強いのもあかねちゃんの方だよ。あかねちゃんがいるから僕も頑張れるんだ。こちらこそ、いつもありがとう、あかねちゃん!!」
にっこりと笑って言う詩紋に、あかねもにっこりと笑った。
永泉の方へ向き直り、口を開く。
「永泉さん。永泉さんの優しさにいつも心が救われてます。永泉さんの笛の音に心癒されています。
頼りない神子ですけど、これからもよろしくお願いします。」
頭を下げてお願いしますというあかねに永泉は慌てて、あかねの頭を上げさせながら言う。
「わたしなんかよりも神子殿の方が数倍も数十倍も優しい御方です。こちらの方こそ、未熟者な八葉ですがよろしくお願いします。」
にっこりと優しい微笑みを浮かべて言う永泉にあかねも微笑む。あかねの笑顔に永泉が頬を赤く染め、目をそらすので、あかねはきょとんとして首を傾げた。
"何でもございませんから"っと言う永泉の言葉に、あかねは泰明の方に向き直った。
「泰明さん。今回のこともなんですけど、いつもありがとうございます。泰明さんにはいつも助けてもらってばっかりで……。
どうか、これからもよろしくお願いします。」
頭を下げて言うあかねに、いつものように"問題ない。"っと無表情で言った後、日頃見せない優しい表情を浮かべて言葉を続ける。
「神子はいつも頑張っている。わたしは神子の助けになるべく動いているだけだ。神子に頼まれずとも、
わたしは神子から離れることはない。神子のことは必ず守る。だから、安心しろ。」
泰明の常にない、優しい表情にあかねは少し顔が熱くなる。"あっ、ありがとうございます。"とどもりながらも答え、
一呼吸置いて、息を落ち着けて友雅の方へ向き直った。
「友雅さん。何だかんだと言いながらも、いつもわたしを正しい方へと導いてくださってありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。」
あかねの真っ直ぐな瞳に、友雅は"我が神子殿は本当に真っ直ぐで、真面目だね。"っと笑いながら言った。
そして、あかねの方へ歩み寄りあかねの手を取り言葉を紡ぐ。
「神子殿が望むのであれば、わたしはいつでも神子殿へ手を貸すよ。わたしの事を、こんなにうまく動かせるのは、神子殿くらいだよ。
神子殿はいつまでも、わたしの"桃源郷の月"であっておくれ。」
そう言いながら友雅はあかねの手に口付けを落とした。
「とっ、友雅さんっ!!??」
慌てて手を引っ込めるあかねと、「「「「「「「「友雅(殿)っ!!!!!」」」」」」」」っと声を揃えて怒る面々に、
どこ吹く風といった様子で、飄々と友雅は呟く。
「つれないねぇ、神子殿は。」

その後一悶着も二悶着もありながらも、あかねが企画したハロウィンパーティーという名の宴は、
皆の楽しげな笑い声が途切れることなく続いていった。


〜おまけ〜
「そう言えば、神子殿。文に菓子を用意して持ってきて欲しいと書いていたけれど、どうしてなんだい?」
ふっと思い出したように友雅があかねへ問いかけた。
「それはですね。友雅さん、Trick or Treat!!」
友雅の問いかけに対して、楽しそうに笑いながらあかねは言った。
あかねの言った聞きなれない言葉に、珍しく友雅はきょとんとした表情を浮かべる。
滅多に見ることのない友雅の表情にあかねは、ますます嬉しそうに笑って口を開いた。
「Trick or Treat。"お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ"って言う意味なんですけど、そう言いながらハロウィンの日には、
子供達が仮装して各家を訪ねてまわってお菓子をもらう風習?があるんです。」
あかねの言葉に"そうなのかい?"っと友雅は言う。
「はい、わたし何だか好きなんですよ。だから、それをやりたくて、お菓子を持ってきてくださいねってお願いしたんです。」
可愛らしい笑顔でそう言うあかねに友雅は、表情を柔らかなものにする。
「なら、神子殿には甘いこの唐菓子をあげないとね。はい、神子殿。」
友雅が差し出したのは、桃色や草色……いろんな色をした可愛らしい花を形どった唐菓子。
「わぁ、可愛い!!もらってもいいんですか!?」
瞳をきらきらと輝かせながら問いかけてくるあかねに友雅はくすりと笑って"どうぞ。"っと言った。
「ありがとうございます、友雅さん!!」
よほど嬉しかったのかご機嫌なあかねの様子を可愛らしいと思いながら、友雅はあることを閃き、口を開いた。
「それにしても、お菓子をくれればいたずらをしないなんて、素直だね。」
友雅の言葉に、ふふっと笑いながら"そうですね。"っとあかねは答えた。
「わたしなら、そんな交換条件は出さないね。"お菓子をくれても、いたずらしちゃうぞ"っと言ったところかな。」
友雅は、にっこりと端整な顔で微笑みながらあかねに言った……。


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サイト一周年記念、第三作目は"遙かなる時空の中で"で書いてみました!
薄桜鬼でハロウィンも無茶がありますが、遙かでもけっこう無理ありますよねぇ(苦笑
遙か3の運命の迷宮設定とかならともかく、フツーの遙かの設定だと平安時代とかですもんね、
書いてて、わぁ。。。これめっちゃ無理あるよね。。。orzっと何度思ったことか。
まあ、龍神のおかげで遙かはちょっと魔法じみたものが使えるので、あんま深くは追求しないでください(滝汗
それにしてもこれはかなり書き上げるのに暇かかりました。しかも、一周年記念SS、一作書き終わるごとに量が増えていってます(汗
薄桜鬼に比べると遙かめっちゃ長いです。次はあんま長くならないように気をつけますね。。。orz
さてさて、次何で書こう状態です。ここらでコルダ3かヒイロ書いた方が後が楽になるかな?
っと思いつつもコルダ無印書こうかなぁ。。。っと。とりあえずたぶんワンピは一番最後になりそうな。
いつもながらの駄文、ここまで読んでくださってありがとうございますm(__)m

 

SAKURA6.JPG - 838BYTES一周年記念部屋SAKURA6.JPG - 838BYTES