たった一つの願い事


学校へ行くことを禁じられた。
封印が弱まる度に贄の儀式を手伝うことを命じられた。
いつの間にかわたしの手は血の色に染まって、気付けば自分の心は無くなり、人形のようになった。
そんなわたしをあの方は救ってくれた。
闇の中を歩き続けていたわたしを光の下へと掬い上げてくれた。
その時よりわたしはこの方のためにどんなことでもしようと思った。
お慕いする当代の玉依姫様のために。

「まあ、珠紀様よくお似合いです!!」
「えへへっ、ありがとう美鶴ちゃん。」
鬼斬丸が無くなって、守護五家のみならず、季封村が鬼斬丸の呪縛から開放されて初めて向かえる新しい年の4日目。
玉依毘売神社はこの村で唯一の神社である上に、今年は、鬼斬丸の呪縛を断ち切った当代玉依姫見たさに、
大晦日から三が日までの間、村の人間が毎日のように大勢詰めかけ、
当代玉依姫様である珠紀様を始め、守護五家の皆様にわたしは休む間も無いほどに忙しかった。
宇賀谷家に仕えるようになって、毎年年の瀬は忙しいものだったけれども、
今年はその比ではなかった。
三が日も過ぎ、ようやく参拝客も減り大晦日から昨日まで働きづめだった、珠紀様、守護五家の皆様、それにわたしは今日くらい休みなさいとの、
ババ様のお心遣いにより、休みをいただけることになりました。
せっかく、お休みして良いって言ってくれたんだし、まだ初詣行ってないし、みんなで隣町の神社に初詣に行こうよっ!!
っという珠紀様の提案により、今日は8人で隣町まで初詣に行くことになったので、
珠紀様は振袖を着られたのですが…。

「お〜い、呼んでも返事がねえから勝手に上がらせてもらったぞ〜!!…。」
「真弘先輩、いきなり止まらないでほしいんすけど。…。」
「真弘、そこで止まると後が閊える。…。」
「勝手に上がっちゃ駄目ですよ!!すみません、珠紀先輩。…。」
「ったく、何で俺がこんな奴らと。…。」
「すみません、珠紀さん。わたしは止めたのですが。…。ああっ、とても綺麗ですよ珠紀さん。」

大蛇さんがおっしゃる通り、守護者の皆様が思わず言葉を失ってしまうくらいに、珠紀様は本当にお美しくて、まるで雛人形のようで、
このまま誰にも見せたくないと思ってしまいました。
「あっ、ありがとうございます…卓さん…。」
頬を真っ赤にしてうつむきながら発した言葉は語尾に向かうにつれて小さな声になり、その言葉を紡ぐ様子は誰を悩殺したいのですか、
と言わんばかりの愛らしさで、わたしまで悩殺されてしまいました。
未だほのかに頬を赤らめたまま、気を取り直したように珠紀様がおっしゃいました。
「みんな揃ったし、それじゃあ行こっか!!」
その珠紀様の言葉に、見惚れていた守護者の面々はようやく我に返り、
「そっ、そうだな。行くか!!」
「そうっすね。」
「そうだな。」
「そうですね。」
「そうするか。」
「そうしましょう。」
ぞろぞろと、守護者のメンバーと珠紀様、わたしはバス停へと向かうことになりました。
「珠紀先輩っ。」
「慎司くん、どうしたの??」
本当は守護五家の血筋でなく、言蔵の長男である慎司くん…、わたしのお兄さんが珠紀様に手を差し出しながら言いました。
「雪で足元が悪いので、歩きにくいでしょう?僕につかまってください。」
「ありがとう、慎司くん。」
っと、お兄さんの手に珠紀様が捕まろうとしたとき、
「あ〜っっっ!!慎司何しようとしてんだよっ!!」
守護五家の鴉取家は、贄としての役目を背負っていて、幼い頃よりそういい聞かされて育ってきた鴉取さんが珠紀様とお兄さんの間に割って入った。
「真弘先輩、うるさいっす。ほら、珠紀っ。」
鴉取さんがお兄さんにつかみかかっている隙に、
常世神の血をひき、鬼斬丸の力の一部を身体に宿していた鬼崎さんが素早く珠紀様の手を取って行こうとしたら、
「拓磨〜!!歯ぁくいしばれぇ〜っ!!」
っと、目ざとく気付いた鴉取さんの矛先がお兄さんから鬼崎さんへ移動した。
「おいっ、こんなアホ共はほっといて、行くぞ珠紀。」
訳あって、狗谷家へ養子に出されていたが、本当は守護五家の1つ、犬飼家の長子であった狗谷さんが、珠紀様の腰を抱こうとしたまさにその時、
「てめぇ〜狗谷!!何しやがってんだ!!」
っと鴉取さんが飛び掛っていき、
「狗谷、お前いい度胸してるじゃないか。」
っと鬼崎さんが殴りかかった。
この騒動のせいでよろめいた珠紀様を、すんでのところで、
幼い頃の出来事のために、守護五家を恐ろしいと思い、疎んじる人間を恐いと思い、壁を作って人と付き合ってきた狐邑さんが抱きとめました。
「大丈夫か、珠紀?」
「大丈夫です、先輩が助けてくれたから。ありがとうございます、祐一先輩。」
「おいっ、狐邑!!何役得って顔してんだよ!!」
「祐一先輩が助けなくても、僕が言霊で助けてあげることができたのに!!」
お兄さんと、狗谷さんが狐邑さんに食ってかかって…
「では、珠紀さん。参りましょうか。」
っと、守護五家のまとめ役兼保護者の大蛇さんが言うと、
「大蛇さん大人げないっす。」
「おいしいとこ取りは、ずるいです。」
「すぐにけんかを始める子どもは放っておこうと思って、珠紀さんのエスコート役を買って出ただけですよ?」
なんて大蛇さんが返すと、ますます珠紀様をめぐる醜い争いは激しくなるばかりで…
「もう、みんなけんかは…。」
"やめて!!"っと珠紀様が言い終わる前に、
「止まれ!!」
わたしの言霊により守護者の皆様の動きが止まりました。
「いい加減にしてください!!これ以上珠紀様のお手を煩わせるようなことをするのであれば、守護者の皆様でも容赦いたしません!!
さあ、珠紀様参りましょう!!」
「あっ、うん。美鶴ちゃん。」
言霊の力は抑えていたので、すぐに動けるようになったはずなのに、全員固まったまま。どうやら思考が戻ってくるまで数秒かかったようでした。

バス停へ着くと、ちょうどバスがやってきて待つことなく隣町へ向かうことができました。
バスの中でも先ほどのようなことがあってはいけないと、珠紀様のお隣の席はわたしが死守しましたが、けんかムードは続いたままでした。
わたしが何を言おうと態度は変わることはないでしょうと思い、わたしはそ知らぬふりを決め込むことにいたしました。
「それにしても、隣町への初詣、典薬寮の許可出て良かった〜」
鬼斬丸を巡る戦いで鬼斬丸が無くなったことは、わたしにとって、守護五家にとって、珠紀様やババ様、
季封村全体としてはとても素晴らしい、喜ばしいことであったけれど、
国にとっては喜ばしいっというだけでは終わらないことであったらしい。
守護五家の人間や、珠紀様、ババ様、わたしのような玉依の血筋の者は、神の血を引いているため、人間とは言い切れない。
言わば、半妖。
鬼斬丸があったがためにわたし達は季封村から出ることはできなかったけれど、
鬼斬丸が無くなった今、わたし達をこの村に縛りつけるものはなくなり、
村から出ることもできるようになりました。
人ならざるものを人の中に野放しにすることはできないということなのでしょう。
わたし達が村から出るには、典薬寮の許可が必要になりました。
けれど、わたしにとっては、一生あの村から出られなかった運命だったのが、許可さえ取れれば村の外へと出て行けるようになった。
こんな日が来るなんて思わなかった。
そんなことを考えていたら、珠紀様が、
「あっ、そういえば、美鶴ちゃん季封村出るの初めてなんじゃない?」
っとおっしゃった。
初めて見る季封村以外の世界。季封村の入り口がバス停の終点なので、バスに乗るのも初めて。
珠紀様の問いに頷いて返すと、続けてこうおっしゃった。
「そっか〜。これからは一緒に買い物に行ったりしようね!!」
にっこりと微笑んで言ってくださいました。
自分で進んでいく先のことに希望も何もなかったあの頃。
でも、今は違う。珠紀様のおかげで希望がある、真っ暗闇ではない未来がある。
"これから"って言葉がとても嬉しかった。
「はいっ!!」
そうわたしが言ったら、珠紀様の頬に朱がさした。
「珠紀様、頬が赤いですが大丈夫ですか!?」
「いや、これはその…。」
珠紀様が何事か口ごもっている。実は風邪をお召しになっているのにそれを隠していらっしゃるのでは!?
「…美鶴ちゃんの笑顔が可愛すぎて、女の子相手に赤くなっちゃったの…。」
消え入りそうなほどの声で珠紀様がおっしゃいました。
あなた様のそのお姿の方が可愛すぎます…。

「やっぱり三が日はずれると人少ないね。」
人が少ないと言っても、玉依毘売神社と違って参拝客は途切れることがない様子でした。
「すげーな!!これで人が少ないのか!?」
「少ないですよ〜。大晦日の夜とかならたぶん入り口からお参りするまで30分から一時間くらい待つと思いますよ?」
「そんなに待つのか?」
「年を越したと同時に参拝に来る人は多いですからね。玉依毘売神社でもいたじゃないですか、たくさん!」
「いや、30分から一時間ってのは玉依毘売神社の比じゃねぇだろっ…。」
「玉依毘売神社と比べてここの神社は大きいのだから比率的にはそうなるでしょ!!」
「そんなことも気がつかないのかよ。」
「何か言ったか?まあ、俺の聞き間違いとは思うけどな。」
「何だか、お祭りみたいですね?屋台もいっぱい出てますし、何か楽しいですね。」
「そうだよね!!後で、何か買って食べよっか!」
「ちょっとした段差がけっこうありますね。足元気をつけてくださいね、珠紀さん。」
「はいっ、気をつけますね。」
こんなやり取りをしながら、奥へと進んでようやく賽銭箱の前まで辿りついたとき、
「あ〜五円玉がない…。ねえ、誰か五円玉持ってない??」
っと珠紀様がおっしゃいました。
「わたし持ってますよ。はい、珠紀様。」
五円玉を珠紀様に渡そうとしたら、
「駄目だよ〜美鶴ちゃん一枚しか持って無いでしょ?じゃあ、もらえない。」五円玉を一枚しか持っていないとわたしからはもらえない…。
いったいどういうことなのか疑問に思っていると、
「では、わたしのをどうぞ。」
「ありがとうございます、卓さん!!」
っと、大蛇さんが珠紀様に五円玉を渡しました。
「よしっ。美鶴ちゃん十七円用意した?」
大蛇さんから受け取った五円玉と十二円用意して珠紀様がわたしにおっしゃいました。
「十七円ですか??」
わたしには全く意図が理解できずに聞き返すと、
「十二分にご縁がありますようにって意味で十七円!!験担ぎなんだけど、ご縁欲しいじゃない?」
笑いながら珠紀様がわたしに言った。
「せっかく、鬼斬丸は無くなって、縛られるものはなくなったんだし。それに美鶴ちゃんには幸せになってほしいし!!ねっ?だから十七円!」
この方はどうしてこんなにも優しい方なのだろう。
わたしは玉依の汚い部分ばっかりを担っていて、珠紀様は綺麗な部分ばかりを担って…。
何も知らないくせにそんなこと言わないで!!そう思った。ひどいことをたくさん言った、ひどいことをたくさんしてしまった。
なのに、珠紀様はわたしを許してくださった。わたしの今までの罪を共に背負うと言ってくださった。
「はいっ、十七円ですね!!」
十二分にご縁がありますようにと十七円、お賽銭を投げお参りをした。
今まで、願いは1つ。"鬼斬丸が消えてなくなってくれる"ことだった。
でも、今はもう鬼斬丸は存在しない。
今のわたしの願いは何だろう…。

「よしっ!!美鶴ちゃんおみくじひこう!!」
「ふふふっ、珠紀様、毎朝玉依毘売神社でもおみくじひいてるじゃないですか。」
「そっ、そうだけどいいの!!」


わたしの今の願いは1つだけ。

"どうか、珠紀様のお側に一生いられますように。"

 

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