君ならそう言うと思った


「もう、最終下校時刻になるな。今日の練習はここまでだな。」
「あっ、本当だ。いつの間に……。練習付き合ってくれてありがとう律兄。」
かなでちゃんが律にお礼を言うと、律はいつもの鬼部長っぷりからは想像できないくらいに優しい顔と声で返した。
「さっきも言ったけどな、気にするな。俺はお前に頼られて嬉しかったんだから。」
言いながらかなでちゃんの頭を優しく撫でている。
その様子が少し妬ましく感じられ、その雰囲気を壊すべく声をかけた。
「律、かなでちゃんとこの後約束があるから、そろそろ解放してもらっていいかな?」
俺がそう言うと、律の眉間には不機嫌さを表す皺が刻まれ、かなでちゃんは律とは対照的に嬉しそうにしていた。
「解放するとは聞き捨てならないな、榊。」
「言葉のあやだよ。そんな深い意味なんてないから気にするなよ。」
この程度の嫌味、普段なら気にも留めない律も、かなでちゃんのことがかむと、やたらと噛み付いてくる。
やれやれと思いながらも、こんな風に顔に感情を表す律は滅多に見られるものではないため、ついついこういうことを言ってしまう。
律は俺の答えに納得していない様子でじっとこちらを睨んでいるので、俺は肩を竦めて見せる。
無言でそのようなやり取りをしている間に、かなでちゃんはヴァイオリンの手入れを終わらせ片付け終えていた。
それに気付いた俺は、律から視線を外して、かなでちゃんに声をかける。
「かなでちゃんもう、帰れる?」
「あっ、はい帰れます。律兄、今日は本当にありがとう。先に帰るね?」
かなでちゃんが律に先に帰る断りを入れると、律がかなでちゃんに言った。
「どこかに寄って帰るのなら、なるべく早く帰れよ?」
「は〜いっ。ふふっ、律兄ったら、大地先輩がいるから大丈夫だって。相変わらず心配性なんだから。」
律の言葉にかなでちゃんは笑いながら答えたが、俺には律の表情から心の声が聞こえてくるようで少し笑えた。
"榊と一緒だから危ないんだろう……。"
全く俺には失礼な話だけど、こんなにも態度が雄弁な律を見れたから怒る気にはならなかった。
そんな律の心の声にかなでちゃんは全く気付かないまま、「バイバイ、律兄。」っと手を振って音楽室を出て行った。
律の視線が突き刺さるけれど、それを無視して俺も彼女を追うようにして音楽室を出た。

駅前へ向かう道をかなでちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと二人並んで歩く。
かなでちゃんは先程から、教えてくれると言ってはいたけれどなかなか話さない俺をちらちらと見上げながら見ている。
自分から尋ねても良いものなのかと悩んでいる様子だ。
その様子があまりに可愛くて、つい口元が緩んで微笑んでしまう。
もうしばらくその様子をみていようかとも思ったけれど、あまりに頭を悩ませているようなので、俺から切り出してあげることにした。
「そんなに、俺が音楽科へ入らなかった理由が気になる?」
しかし、あくまでもかなでちゃんを焦らすように言う。
俺の問いに対して、かなでちゃんはこくこくと頷いた。小動物みたいな動きで可愛いな〜っと、顔に浮かんだ笑みが深くなる。
「そんなに聞きたそうにされるとすぐにでも教えてあげたいけど、せっかくの制服デートなんだ、どこかでゆっくりお茶でもしない?」
「でっ、デート!?」
俺が言ったことに反応し、かなでちゃんは顔を真っ赤にして瞳を丸くしている。
彼女のそんな反応を見て、俺は哀しそうなフリをしながら少し意地悪な質問をした。
「違うのかな……?」
「いっ、いえ、そんなことは……ナイです……。」
俯きながら消え入りそうな声で言う彼女に、俺は満足しながら笑顔で言う。
「じゃあ、行こうか。霧笛楼でいいかな?」

俺はコーヒーを、かなでちゃんはミルクティーとケーキを目の前にして向かい合って座っていた。
そして、コーヒーを一口飲むと口を開いた。
「俺が元はヴァイオリンをやっていたっていうのは、言ったよね?劇的な出逢いによって、ヴィオラに転向したことも。」
俺がそう言うと、かなでちゃんは頷いた。それを確認すると、俺は言葉を続ける。
「音楽科でなく、普通科を選んだのもヴィオラに転向したのと同じ出逢いが理由なんだよ。」
そう、俺が星奏学院の普通科に進むことを決めたのは、あの時の出逢いが理由。
今から八年前のあの日、俺は母親と共に星奏学院の近くにある教会のバザーへとやって来た。
その年は教会で、星奏学院の学生がアンサンブルコンサートを開くとのことで、当時ヴァイオリンを習っていた俺は、そのコンサートを聴いてみたいと教会へ足を踏み入れた。
この時、教会のバザーへ来なければ。この時、アンサンブルコンサートを聴かなければ、
星奏学院普通科に籍を置く、ヴィオリスト、榊大地はここにいないだろう。それくらい俺のことを揺り動かす出逢いだった。
教会の中へ入ると、もうほとんどの席が埋まっていて、空いている席を見つけ座り、演奏が始まる時間を待った。
時間になり、奏者がステージへと現れた。緋色の髪の女の人が他の奏者の確認をして…、静かに演奏が始まった。
ヴァイオリン二本、ヴィオラ、チェロの弦楽四重奏でのモーツァルトの"アイネ・クライネ・ナハトムジーク"。
"小さな夜の曲"というには少し華やかな印象を受ける演奏だと思った。
ヴァイオリニストの女の人は、清らかな澄んだ表情豊かな音色。
ヴァイオリニストの男の人は、技巧に優れた安定した音色。
チェリストの人は、楽譜に忠実に作曲家の思いを表すような音色。
そして、ヴィオリストの人は……。
俺はヴィオラはヴァイオリンの影に隠れた縁の下の力持ちのような存在だと思っていた。
今でこそヴィオラの独奏曲も存在するけれど、ヴァイオリンや他の楽器の影に隠れた地味な楽器だと。
ヴィオラの有無で音の厚みは変わるが、ヴィオラは隠し味的な物だと思っていたのだが、
ヴィオリストの人の奏でる音色は、俺のその概念を覆すようなものだった。
決してヴァイオリンやチェロとの調和を崩すわけでもなく、だからと言ってヴァイオリンやチェロの音に隠れているわけでもない。
でしゃばっているわけではないのに、華やかに自己の存在を主張しているかのような音色。
俺は今までこんなヴィオラの音色を聞いたことがなかった。
そして、その音色へ尊敬の念と憧れを抱いた。
星奏学院の音楽科はレベルが高いという噂を小学生の俺でも耳にしたことがあったので、きっとこのヴィオリストは音楽科でもすごい人なのだろう。
その時はそう思っていたのだが、後で聞いた話ではヴァイオリニストの女の人とヴィオリストの人は、普通科の生徒なのだという。
たしかに、技術についてだけ見るならば決して素晴らしいというものではなかった。
けれど、たとえ技術があってもあんな音は出せないと思った。
その日以来、俺の胸の中にはあの日聞いた音色が刻み込まれ、日に日にあの音色への憧れは強くなり、
俺はヴァイオリンからヴィオラへ持ち替えた。
そして中学三年になり、進路を決定する時を迎えた。
小学生の俺が聞いたあの音色を追いかけていたくて俺は迷わず星奏学院の普通科へ進学することに決めた。
周りはもったいない、音楽科へ進んだ方が良いとか言っていたけれどあの音色を奏でたあのヴィオリストが、
あの時いた環境で俺もヴィオラを弾きたかった。

「まあ、こんな理由で俺は音楽科へは進学しなかったんだよ。つまらない理由でごめんね。」
八年前のあの出逢いから全てを話し終えてそう言うと、かなでちゃんは首をふるふると横に振った。
「そんなことないです。他の人にとってはどうかわからないけれど、自分にとっては、自分の根本を揺るがすようなことだったから音楽科へ進学しなかったんですよね?
そういうことってありますよね。わたしも星奏へ編入するきっかけはそんな感じでした。」
かなでちゃんの言葉に、頬が緩むのを感じる。

君ならそう言うと思った。

俺がこの話をすると、皆同じ反応をするからこのことはもう誰にも話す気はなかったのだけど、
なぜか、かなでちゃんならさっきみたいに言ってくれると思ったから話した。
「案外、俺とかなでちゃん、似ているのかもしれないね。」
微笑んでかなでちゃんに言ったら、頬を真っ赤にして固まってしまった。
こんなことを言えば君はきっとこう答える、こんな風にすれば君はきっとこんな反応をするだろう。
俺は自分でも気付かないくらい、君のことを見ているからそう思ったのかもしれない。
あ〜っ、これからは律と響也のことを笑ってられないな。

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以前書いた"skillfully evade"の後、大地先輩がかなでちゃんに理由を話す話です。
当初、おまけ的扱いでコルダ2とかとリンクさせたいから書こう!!って思ってたんですけど、気付けばこんなことに……。
"skillfully evade"を書いたときは付き合ってる設定で書いてたんですよね。だから、かなでが個人練習してるとこにいるって感じで……
けど、これを書いてみると、あれ??ここでかなでのこと好きかも自覚!?ってなってました……orz
"skillfully evade"のときは、普段見られないような律が見られるから、律からかいたさであの場にいたってことで!!
ここまで読んでくださってありがとうございますm(__)m

 

 

SAKURA6.JPG - 838BYTES金色のコルダ3フライング部屋TOPSAKURA6.JPG - 838BYTES