君思ふ好敵手


"お前の演奏には華がないんだよ。お前の色ってものが全然ない、技術さえありゃ、誰にでもできる演奏だ。"
かつて自分が言った言葉をふと思い出して俺は自分を笑ってやりたくなった。
「けったいな顔してはるな、千秋。どないしはったん?」
幼い頃からの付き合いの蓬生が毒吐きながら言う。
俺が軽く思い出し笑いのようなことをしたことを言ってるんだろう。
「誰がけったいな顔だ。別に何でもねえよ。」
俺がそう言い返すと、蓬生はやれやれとでも言いたげに息を吐いた。
「大方、かなでちゃんのことでも考えとったんやろ?」
「なっ!!そんなことあるはずがねえだろっ!!」
図星をつかれて思わず声を荒げてしまったため、蓬生はほら、当たったやろとしたり顔をしている。
蓬生のしたり顔が少し癪に障ったが、まあ、たしかにかなでを思い出していた。
正確にはあいつとの出逢いを思い出していた。
初めてあいつの演奏を聞いた時があいつと初めて逢った時だ。初めて聞いたあいつの演奏は、正直言って、
ただ上手いだけ、それだけのもんだった。あれほどの技術を持って演奏できるやつはそうはいない、演奏の技術は素晴らしいものがあった。
けれど、それだけ。
あれ程の演奏技術、生まれ持っての才能ってのもあるが、誰でも長い年月練習を重ねればどうにか辿り着ける場所。
言ってみれば誰が弾いても技術さえあれば出せる音だった。
けれど、逆を言えばかなでの音は、何にも染まっていない真っ白な素直な音。これから次第でどんな色にも染められる音だ。
それを生かすも殺すもあいつ次第。染め方によってはとんでもなく素晴らしいヴァイオリニストにも、無名のまま消えていくヴァイオリニストにもなる。
……かなでは俺の見ている前で、すごい速さで変わっていった。
出逢ったばかりのころとは見違えるほどに演奏が変わっていった。
俺のライバルは、如月律だけだと思っていたが、とんだダークホースになったもんだ。
今じゃあいつの音は聴く者全てを魅了する。まるであいつが一つの惑星で、音色が引力で、聴いている奴等を引き寄せて離さないでいるように。
聴いてる者を捕らえて離さない、いつまでも聴いていたいと思うような音楽。
あいつが現れた今年の夏は退屈しなかったな……。
「……千秋。顔、緩みっぱなしにするんはやめてくれへん?」
かなでのことを思い出していたら、またしても蓬生がやれやれ……っという様子で言ってきた。
「緩んでねえよっ!!」
蓬生のことを横目で睨みながらそう返す。
「千秋は、本当に素直やあらへんな。だから、かなでちゃんのことも落とせん。」
「なっっ!?俺がかなでなんか落とそうと思うはずがねえだろっ!!」
同い年のはずなのに、常に気だるげなフェロモンをばら撒くこの幼馴染の男は、本当にいやなところばかりついてくる。
俺の言った言葉を聞いて、蓬生は目を細めると言った。
「なら、俺が落としてもええんやね?」
思わぬ蓬生の言葉に俺は絶句する。まさか蓬生がそんな事を言い出すとは予想だにしていなかった。
「お前っかなでのことを何とも「俺は、そんな事一度も言ってへんよ?」
ようやく紡ぎだした言葉も蓬生が上から否定の言葉をかぶせてくる。
「千秋が珍しく自分から女の子に興味を持ってたみたいやから俺は遠慮してたけど、千秋がそう言うんなら、俺はもう遠慮はせえへんよ。」
俺と蓬生の間に沈黙が訪れた。
俺はまるで狐につままれたような感じだった。蓬生がかなでを?何の冗談だろうと思う自分がいる。
「いつからだ?」
我ながら間抜けな質問だと思う。こんな事を聞いても意味はないのに、口をついて出ていた。
「千秋はいつからやと思う?」
飄々としてさも愉快気に俺に問いかけてくる蓬生の様子に苛立って、声を荒げる。
「わかんねえから聞いてんだろっ。」
そんな俺の様子を見ながらも蓬生はいつもの調子のまま答えた。
「まあ、いつっていう明確なもんはないなあ。もっとも初めから可愛い、ええ子やとは思うとったけど。
初めて逢った頃から気になる存在であったってことやね。」
口説くようなことを言ってかなでをからかって楽しんでいるようなところは何度も見ていた。
それはあくまでも冗談なのだと思っていたが、蓬生のさっきの言葉から考えると冗談に聞こえるように言っていただけだったようだ。
「それに、千秋には言うとらんかっただけで、夏に出逢った頃からアプローチはしとったしね、千秋のおらんところで。」
蓬生の言葉に思考が止まる。そして俺の口から出たのは何とも間抜けな声だった。
「はぁっ!?」
ついさっき、自分は遠慮してたって言ってなかったか?それなのに、俺のいないところではかなでにアプローチしていただって!?
間抜けにも俺はそれを言葉にできなくて、口をぱくぱくさせていると蓬生がにっこりと笑いながら言った。
「千秋が言いたいことわかるで?でも、俺が言うてんのは、今まで千秋の前では遠慮してたんを千秋の前でも遠慮せえへんってこと。」
その答えにある疑問が浮かぶ。
「じゃあ、俺の前でかなでに言ってた数々の口説き文句は何だったんだよ?」
「ああ、あれは、千秋がまだかなでちゃんのこと気に入る前にしか言うてなかったと思うけど?」
胡散臭いまでの笑顔で飄々と言う蓬生に俺は開いた口がふさがらなかった。
蓬生とは幼馴染、つまり昔からの付き合いだ。だが、長い付き合いでもこの飄々としているところだけは、未だに掴めない。
まあ、これからも掴める気はしないでいるが……。
とりあえず、ぐだぐだと過ぎたことを考えるのはやめにした。今重要なことは一つだけだ。
「そう簡単にお前に掻っ攫われてたまるか。」
俺がそう言い切ると、蓬生はまた楽しそうに目を細めた。
「へえっ、落とそうと思うはずないんやなかったん?」
蓬生の言葉に俺はぐっと言葉に詰まる。
元はと言えば俺が、かなでを落とそうと思うはずないっていう発言をしてしまったことで蓬生に火をつけてしまい、今の状況が出来上がってしまった。
蓬生の発言から自分のプライドの高さが仇となったと思ったけれど、よくよく考えてみれば、
こんなことでもなかったら蓬生がかなでのことを狙っているということに俺は気付かなかっただろう。
そう考えれば今、この状況になってしまったのも悪くないように思う。
どうせ、俺が気付こうが気付かなかろうが、蓬生は俺がいないところでは、かなでを口説きにかかっていたのだから、
さして今の状況は悪いことじゃない。むしろフェアな状況になったと言えるんじゃないか?
今までの付き合いの中で、蓬生と女の趣味があったことはない。つまり、今までの蓬生の攻め方を知らない。
俺がいようがかなでを口説こうとするのなら、蓬生のやり方がこちらにもわかるのだから、好都合だ。
「お前の空耳だろ。とにかく、お前にはかなでは渡さねえからなっ。」
俺は自分の発言を無理やりなかったことにして、蓬生に宣戦布告した。
俺のその発言を受けて、蓬生は一瞬目を丸くし、すぐに口の端を上げにやりと笑うと言った。
「俺も千秋に負けるつもりはあらへんよ。かなでちゃんを落とすんは俺やから。千秋はそのプライドの高さ直さんと、かなでちゃん落とすんは無理やない?」
にっこりと笑いながら黒いオーラを放つ蓬生と俺が睨みあっていると、そこへ芹沢がやって来た。
「東金先輩、土岐先輩。星奏学院の小日向さんから「「かなで(ちゃん)からっ!?」」」
俺と蓬生が綺麗にハモって言うと、芹沢はやや驚いたような顔をしながらも先を続けた。
「小日向さんから、先程神戸へ来ているのでこちらへ伺うとの連絡がありましたので、直にこちらへいらっしゃるかと思います。」
どうしてかはわからないが、かなでは今こっちに来ているらしい。どうしてこちらへ来ているのかはわからないが……
そこまで考えて俺はある事実に気が付いた。
「芹沢。お前のところにかなでから連絡があったのか?」
「ええっ。先程携帯に連絡が入りましたが……?」
「かなでちゃんは芹沢の携帯を知ってるんか?」
「はい、今年の夏の大会のときに連絡先の交換をしましたので。それがどうかなさいましたか?」
芹沢の質問をよそに、俺と蓬生はこんなところにとんだダークホースがいたものだ……っと、小さく息を吐いた。
星奏には俺の好敵手の如月律とその弟くん、榊とちっこい生意気な方の水嶋。
至誠館には、ユキと火積、野生児の方の水嶋。
天音には、天宮に冥加に七海。
で、神南(うち)には、蓬生と芹沢……。
まったく、なんでこんなに厄介な奴等にばかり好かれんだかな、かなでは。
まっ、負ける気なんて全然ないけどな。
もうすぐ神南(ここ)に来るんだ、どうやって他の奴等を出し抜くかだな。
この機会に一歩リードさせてもらうとするか。

君思ふ好敵手。

「お久しぶりです、東金さん、土岐さん、芹沢さん。」
神南(ここ)に来ると連絡があってから、20分後、かなでがやって来た。
「相変わらず可愛らしいな、かなでちゃんは。」
「〜〜っ。土岐さんも相変わらずですね……///。」
「お元気そうで何よりです。」
「芹沢さんもっ!!お変わりない様子で良かったです。」
「夏から少しは成長してるのかと思えば全然変わらないな、お前。」
「放っておいてください!!」

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終わらない、終わらないっと思いながら無理やり書き上げた金色のコルダ3フライングSS発売前最後の作品ですかね〜。。。
ホントはまだまだ書きたいことがたくさんあったのですけど、仕事が。。。年明けて1、2、3月は毎年忙しいので。。。orz
好きなキャラクターなんだけど、何か妄想で書けないってのが東金と土岐の二人です。
土岐さんフェロモン出すぎです。。。東金さんは俺様って感じすぎです。。。
発売までに間に合わせようと必死だったので、きっと後で修正かけるかと思われます(苦笑
ここまで読んでくださってありがとうございますm(__)m

 

 

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