俺だけの特権


初めてお前の演奏を聴いたとき、星奏学院のレベルはこんなに低かったのかと呆れた。
あの評価は間違っていたと今では思う。
あの時お前はただ、技術を持っていないだけで、言わば宝石として光り輝く前の原石だっただけだった。
今じゃお前の音色は俺を惹きつけてやまない。
お前の音をもっと聞かせてくれ。


「葵、お前邪魔!!」
「香穂さんを独り占めしようなんてずるいよ!!」
「まあまあ、二人とも」
「香穂子は俺の女なんだから、独り占めするのは当たり前だろ!!」


香穂子とは、日本へ戻って来て早々に出逢った。
ちょっとした気まぐれで行った臨海公園。そこで練習している香穂子と出逢った。
海外にいた間それなりの実績と結果を出してきている俺の耳には香穂子の演奏は稚拙で、技術レベルの低さを顕著しているような演奏だった。
「あんたその演奏レベルで人前で演奏して恥ずかしくないのか?」
香穂子の演奏が終わったと同時に俺は言った。
そして、香穂子が演奏していたものと同じ曲目を香穂子と同じくヴァイオリンで弾きあげた。
「学校はどこだ?この辺りなら星奏学院ってとこか?」
「星奏学院ですけど…。」
世界の名立たる演奏家達を輩出している星奏学院の生徒の演奏レベルとはこんなに低いものなのか?と呆れた。
「あんた一生懸命弾いてる姿はわりと可愛いんだけどな…、星奏学院ってのは演奏レベルはこの程度だったのか。」
俺が立ち去ろうとしたとき、背後から香穂子に呼び止められた。
「待って!わたしの演奏だけで、星奏学院のレベルを決めないで!あなた、何様のつもりよ!!」
「何様でもない。衛藤桐也。」
短く答えて俺はその場を後にした。
これが香穂子との出逢いだ。今思い出しても、お互い最悪な出逢い方だったと思う。
その後数日も経たないうちに、幼馴染と言うより腐れ縁という言葉の方がふさわしい、加地葵、葵と再会した。
葵は今星奏学院へ通っていて、香穂子から俺のことを聞いて会いにきたらしい。
そして葵から、香穂子は星奏学院の音楽科でなく、普通科の生徒であることを聞いた。
ヴァイオリンを始めてまだ半年程だということも。

それから休日の度に、ヴァイオリンの練習をしている香穂子と公園で街中でと出会うようになり、
俺と初めて会ったときと比べものにならないくらい、香穂子の技術レベルは短い期間で向上していった。
技術レベルの低さばかりが目に付いて香穂子の奏でる音色の良さに気付ず、初対面で暴言を吐いてしまったが、
香穂子と一緒にいる内に気付かされた。
技術が足りないために荒削りな演奏になっているが、根底には香穂子の音色があり、その音色は人を惹きつけて魅了する力があることに。
俺も、いつの間にか香穂子の音色に、香穂子自身に魅了されていた。

クリスマスイヴにアンサンブルコンサートがあるということを香穂子から聞き、俺は市民ホールへと足を運んだ。
香穂子の音色を軸に他のメンバーの音色が重なりあって素晴らしい演奏だった。
香穂子は俺の好きな色のドレスを纏っていてとても綺麗で、俺は完璧に魅了されてしまった。
香穂子は俺の事を一体どう思っているのだろう。
香穂子の周りにはいつもアンサンブルメンバーの男共がいて、そいつらが香穂子に好意を寄せていることは明らかで…
「衛藤くん!今日の率直な感想をお願いします。」
「技術的問題は多少あったけど、アンサンブルとしての出来は最高だった。後、これはお前の演奏について…、香穂子らしさが出ていて今までで最高の出来だったと思うぜ。」
「…。」
「おっ、おい、どうした?」
香穂子が無言になったので、変な事でも言ってしまったのかと不安になった。
「うううっ…。」
みるみる香穂子の大きな丸い目から涙が溢れでてきた。
「うわっ、どうしたんだよ、いったい!?」
俺なりに精一杯の賛辞を送ったハズなのだが、何でこんな事になっているんだ。
「す……。」
「す?」
「すごくうれしい!!やっと少しは衛藤くんに認められたねわたし。本当にうれしい。」
驚いた。うれし涙を流しながら微笑んでいる香穂子があまりにも綺麗で、俺の心臓は壊れるんじゃないかってくらい早鐘を打っている。
その笑顔は反則だろう。
つい、衝動的に香穂子を抱きしめてしまいそうになったとき、
「か〜ほ〜!!打ち上げ行くよ〜!!金やんがおごってくれるってさ〜!!」
「こらっ、天羽!!今日のコンサートの立役者以外はおごらんぞ!!」
「え〜!!金やんのけち!!」
「けちじゃないだろう、けちじゃ!!」
雰囲気ぶち壊し…。せっかくのクリスマスイヴだっていうのに、惚れてる女といられる時間がこれだけか…。
「呼ばれてるぞ、今日のコンサートの一番の主役がいなくちゃ打ち上げも始められないだろ。」
「うん…。…あのっ、衛藤くんも打ち上げ来ない?」
「それは無理だろ。俺はコンサート関わってないし、星奏学院の生徒でもないしな。」
香穂子と一緒にいられる時間が少しでも長くなるのはうれしいが、俺が行くのは場違いも甚だしい。
「でも、今日のコンサートまでの間、一番わたしの演奏を聞いてアドバイスしてくれたりしたのは衛藤くんだから…。ちょっと待ってて!!」
「おいっ!」
香穂子は、走ってさっき香穂子を呼んでいた奴の方へ行ってしまった。

居心地悪いことこの上なしだな…。
結局俺は、打ち上げに参加するはめになってしまった。あの、ノリの良すぎる香穂子の女友達のために…。
アンサンブルメンバーの男共からの、ものすごく殺気のこもった視線が痛い…。
「ねえねえ、衛藤桐也くんでいいんだっけ?」
打ち上げ前に香穂子を呼んでいた奴が話しかけてきた。
「ああ。」
「わたし香穂の親友の天羽菜美って言うんだけど、率直に聞かせてもらおう!香穂とどうゆう関係?」
ここで、俺にそれを聞くのか…。この天羽って女絶対この状況をおもしろがってるな。
「だめだよ〜、天羽さん。桐也は怒りっぽいからそんなこと聞いたら怒っちゃうよ。」
葵が笑いながら言った。
「ざ〜んねん。何かおもしろいネタ提供してくれるかな〜って思ったのに。」
そう言いながら他の奴の方へ歩いて行った。
「香穂子は本当にいろんな奴の中心にいるんだな。」
「何〜?桐也何か言った??」
「いや、何も言ってない。」
せっかく、香穂子と近づけた気がしたが、また、香穂子が遠くなった気がした。
そんな事を思いながら香穂子を見ていたら、香穂子が気付いてこっちにやってきた。
「やっぱり、居心地悪そうだね。わたしがわがまま言ったせいでごめんね。」
「いや、気にするな。そこそこ楽しませてもらってる。」
「打ち上げ終わったら、一緒に帰ってくれない?」
俺から誘うおうかと思っていた矢先の発言に、心臓が跳ねた。
「ああ、いいぜ。」
「ありがとう。じゃあ、後で。」
大輪の花が開いたかのように綺麗な笑顔だった。俺の心臓はより一層早鐘を打ち始めた。

「わっ、雪!ホワイトクリスマスだね。」
うれしそうに笑って香穂子が言った。
香穂子と帰る約束をした後、より一層殺気のこもった視線が俺に投げかけられたが、そんな事が気にならないくらい、
この今の時間を得られることがうれしかった。
「こけないようにな。」
「あっ、そうだ!!はい、これっ、メリークリスマス!本当は、コンサート終わって渡そうと思ってたんだけど、今ゆっくり渡せて良かった。」
香穂子が俺に綺麗にラッピングされたプレゼントを渡してきた。
「開けてみていいか?」
「どうぞっ。」
ラッピングを開けると、綺麗な紫色のマフラーが入っていた。
「まさか手作り?」
「時間がなくて手作りは断念した。」
「だろうな。香穂子がこんな綺麗に作れるくらい器用だと思えない。」
「ひど〜い!!」
俺の言ったことに対して香穂子が拗ねて頬をふくらませている。その表情がリスが頬袋に食べ物を蓄えているあれと似ていて、
可愛いなと思い、少し笑えた。
「冗談だよ。サンキュー、大切に使わせてもらうよ。」
「もう1つプレゼントが一緒に入ってるハズだよ。」
香穂子に言われて、中をもう一度見てみると、小さな立方体の後ろにねじのついた木の小箱が入っていた。
ねじを巻いて小箱を開けてみると、
「オルゴールか、曲はエルガーの"愛の挨拶"だな…。」
小さいけれど、美しく綺麗な音色が奏でられている。オルゴールから流れる愛の挨拶のメロディーが止まった。
「衛藤くん、わたし…。」
俺は香穂子が何か言おうとしたところを制止した。
「衛藤くん?」
香穂子が悲しそうな顔になった。
俺の自惚れかもしれない。でも、さっきもらったプレゼントと香穂子の先ほどの表情から導きだされる答えは、
自惚れてもいいような気がした。
「香穂子と最初に会ったとき初めてお前の演奏聞いて、あまりの下手くそさに驚いた。よくこんなんで人前で弾こうと思うな〜って。」
香穂子は俺が何を言い出したのかと思っているようだったが、でも、俺の話を聞いてくれていた。
「でも、それは俺が技術ばかりを見ていたからだったんだよな。
技術はたしかになかった。でも、お前の奏でる音色には温かみがあって、人を惹きつけてやまない何かがあった。
技術は練習さえすれば誰にでも身に付くものだ。だけど、お前の奏でる音色の温かさは誰にでも得られるものじゃない。
香穂子が練習をしているのを見る度に、技術レベルはものすごい速さでどんどん上がっていき、香穂子にしか奏でることのできない音色に技術がついてきて、
とても誰をも魅了する素晴らしい演奏ができるようになった。
お前といる時間が増えていくに従って、音色の温かさは香穂子自身の温かさなんだと気が付いた。
そして、俺も香穂子の音色、香穂子自身に惹きつけられていた。」
香穂子は俺の真意を計りかねている様子で俺を見ていた。
ここまで言っても気付かないなんてどれだけ鈍いのだと苦笑した。
「俺は、香穂子の事を独り占めしたい。香穂子のことが好きだ、俺に独り占めさせてくれないか?」
香穂子の大きな瞳がよりいっそう大きくなった。
香穂子の口から答えが聞けるまでの時間は1分もなかったハズだが、ものすごく長く感じた。
想いを自分に素直になって伝えたことに後悔はしてないが、とてつもなく時間を長く感じ、気分は憂鬱になり不安がこみ上げてきた。
香穂子の瞳から透き通るように美しい涙が零れ落ちた。
「香穂子、答えは?」
「答えなんてYESに決まってるじゃない!!」
そう言って、香穂子は俺に抱きついてきた。
「ありがとう。その返事を聞けて嬉しい。」
しっかりと香穂子を抱きしめながら言った。
「怖かった…。せっかく勇気を出してプレゼント渡して、告白しよう!って思ったら、衛藤くんに遮られていきなり初めて会ったときのことしゃべり始めて…。
告白する前からこの恋は終わってしまうのかと思った。」
自惚れなんかじゃなかった。告白は俺からしたかった。だから、あの時香穂子が言おうとしたことを制止した。
抱きしめていた香穂子を一旦開放し、香穂子の赤く染まった頬を両手で包んだ。
「答えはYESなんだよな?ならいい加減、"衛藤くん"ってやめにしないか?俺は香穂子って呼んでるんだしな。」
「なら何て呼べばいい?」
俺は迷うことなく答えた。
「桐也。俺だけ香穂子って呼び捨て変だろ?」
「えっと、き、桐也…。本当にこれって現実だよね?夢なんてことないよね?」
あまりにも香穂子が可愛いことを言うのでいじわるを言ってみたくなった。
「夢かもな。夢だったら何してもいいよな?」
そう言って、香穂子の綺麗なピンク色の可愛らしい唇に俺の唇を重ねた。

「明日のクリスマス、どこかへ出かけないか?」
「うん、桐也と一緒に過ごしたい。」
俺も香穂子に何かプレゼントを贈りたかった。
香穂子は俺のものだと周りにアピールできるものがいいな。
なんてことを、考えながら香穂子の手をとり聖なる夜に降りしきる雪の中たわいもないおしゃべりをしながら2人で歩いた。


「ええっ!?俺の女って、香穂さんどうゆうこと!?」
香穂子と付き合うようになって、数日。香穂子の薬指にはしっかりと虫除けも兼ねた俺からのクリスマスプレゼントのシンプルなシルバーリングが光っている。
葵の問いかけに、香穂子は顔を真っ赤にして目で俺に助けてと訴えかけてきた。
「どうゆうことも何も、香穂子は俺の女なんだよ、葵!!」
俺がそう言い放つと、相変わらず顔を真っ赤にしながらも、うれしそうに香穂子がはにかんで笑った。


お互い最悪の出逢いからまだ3ヶ月しか経っていないと言うのに、
香穂子が傍にいるってのが当然になっている。
お前の音色は俺を惹きつけて止まない。
もちろんお前自身も俺を惹きつけて止まないけどな。
いつまでも、お前の傍でお前の奏でる清らかで温かな音色を聞いていたい。
俺にその特権をずっと与えてくれるか決めるのはお前だぜ?
まあ、だめと言われても、もうその特権を手放す気は更々ないけどな。
その特権がある限り俺はお前を幸せにしてやる。
覚悟してろよ!

 

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