桜の木の下で

 

 

 

高二のクラス替えで好きな奴と同じクラスになれた。

入学式の日、満開の桜の木の下で、桜を儚げに見つめる緋色の髪の女生徒に目が釘付けになった。

制服を見れば同じ普通科、ネクタイも赤で同じ新入生だとわかった。

突然、風が吹き抜けて行き、桜吹雪が舞った。

桜吹雪の中、桜を見上げて緋色の髪をなびかせる女生徒の姿、目を奪われる光景だった。

風が止んで、緋色の髪の女生徒が俺のいる方を見たとき、一瞬だけ目があったような気がした。その時、俺は彼女に一目惚れした。

高一は残念ながらクラスは同じになることはなかったが、隣のクラスだったおかげで体育なんかは合同だったため、名前を調べるのはたやすかった。

"日野香穂子"それが俺の好きな奴の名前。

名前なんかはすぐわかったが、俺はサッカー部で彼女は帰宅部だったし、共通点が全くなくてなかなか友達になれるきっかけがなかった。

高二になって、幸運にも同じクラスになれたが、出席番号もさして近くもなく、なかなかしゃべる機会に恵まれずにいたとき、

学内コンクールが開催されるという話が耳に入った。

どうせ学内コンクールなんて音楽科のお高くとまった奴らが出場するだけで、俺ら普通科には関係ないことだろ?

なんて思っていたのだが、彼女が学内コンクールの出場者に選ばれたというニュースが耳に飛び込んできた。


第1セレクションの日が来た。最初は興味なんてなかったけど、彼女が出るのに興味が湧かないはずがなくて、講堂へ見に行った。

彼女の順番は最後。音楽科の面々の演奏が終わりついに彼女の演奏の番となった。

彼女が出てきた、白地に赤で薔薇の刺繍のされたノースリーブのドレスに裸足で、一人で。

音楽とかコンクールとか俺にはよくわからないけれど、今までの音楽科の奴らは皆、伴奏者と二人で演奏をしていた。

客席がざわついている中、彼女の演奏が始まったが、すぐに教職員によって演奏を中断するよう言われた。

客席はざわつき、教職員からは伴奏の人はどうしたのか等を問われて、彼女は泣きそうになっている。

こんなとき何もできない自分がもどかしい。彼女をかばってあげたいのにどうしようもできない。

「伴奏者ならここにいるぜ。」

そう言って誰かが壇上に上がった。

土浦だ。俺と同じサッカー部に所属して、2年生にしてエースの土浦だ。

「土浦くん…。」

彼女は土浦の方を見て泣き笑いのような表情を浮かべた。

土浦がピアノの前に座り、彼女と目配せしあったと同時に演奏が始まる。彼女の演奏しているこの曲、たしかアナウンスで"別れの曲"って言ってたな。別れの

曲って題名の割りには、颯爽とした感じで全然そんな感じを受けない。

そう言えばこのセレクションのテーマは"開かれしもの"とか言ってたっけ?うん、何だか、彼女の演奏は別れというよりこれから始まるって感じを受ける。

今までクラッシックなんて聞いたことなかったけど、こんな音楽なら聴いてもいいなと思った。

そうこう思っている内に彼女の演奏は終わった。一拍空いてものすごい拍手が起こった。

第1セレクションの結果が出た、彼女はあの最初のアクシデントがあったにも関わらず、他の追随を許さぬ勢いで堂々の1位だった。

ヴァイオリンを演奏している彼女は凛とした美しさがあり、とても綺麗だったな〜っと、考えながら歩いていると見慣れた後姿が前を歩いていることに気付いた。

「土浦〜っ!!」

「おっす。」

「……土浦、お前ピアノ弾けたんだな。」

「佐々木、お前、見てたのか!?」

土浦は、バツが悪そうな表情浮かべた。

「日野さんが困ってるところにいきなり土浦が現れて、伴奏者ならここにいるってびっくりしたぜ〜。」

「普通科なのに学内コンクールに出るハメになって、やめればいいのに一生懸命やって、そんなあいつ見てたからな〜、思わず後の事考えずに名乗りでちまってたんだよ。」

"見てた"って言葉に反応してしまう。彼女と土浦はいつ知り合ったのだろう。俺なんか、ようやく同じクラスになって、でもまだ話す機会がなくて彼女にとって

"クラスメイト"って思われるのがやっとなのに、

彼女と同じクラスにもなったことがない土浦は俺より全然親しそうだった。

「土浦がピアノ弾けることにもびっくりしたけど、日野さんと知り合いだったってのもびっくりしたな〜。いつ知り合ったんだよ?」

声が裏返りそうになりながら、白々しく聞いてみた。

「ちょっとしたアクシデントが縁で、そっからな。」

ちょっとしたアクシデントってのが何なのかも気になったが、どうしようもなく、土浦がうらやましいと思う気持ちの方が勝って

聞き損ねてしまった。


翌日、学内コンクールの追加参加者として土浦の名前が挙げられていた。これでまた彼女に一層近い位置にいれる土浦がまたうらやましくなった。そんなことを

考えながら、ついつい彼女の姿を求めてしまう。彼女の姿を捉えてみると、

彼女は、クラスメイトから第1セレクションについていろいろ聞かれている様子だった。

「すまないが、日野を呼んでもらえないか。」

いきなり話しかけられて驚いた。音楽科の2年だ、何だか見覚えがあるような顔だけど思い出せない。

「日野さ〜ん、音楽科の奴が呼んでるよ。」

彼女がぱっとこちらを見て、焦ったようにやってきた。

「ありがとう、佐々木くん。」

笑顔でお礼を言われてすっかり舞い上がってしまった。初めてしゃべった、その事実だけで俺は天にも昇る気持ちだった。

「月森くん、どうしたの?」

月森…思い出した!!昨日は2位で、彼女と同じヴァイオリンで演奏した奴だ!!

「金澤先生からの伝言だ、今日の放課後第2セレクションのテーマの発表を行うから、伴奏者と共に音楽室に集合するようにとのことだ。」

「伴奏者と一緒に…、わざわざありがとう、月森くん。」

彼女の表情が翳った気がする。昨日あの後、土浦から日野さんの伴奏者の女の子

が時間になってもやってこなくて、見つけてみたら、伴奏をやらないと言い出して、

彼女は結局一人でステージに上がったのだと聞いた。

見ているこっちまで辛くなるような表情だった。

「日野ちゃ〜ん!!」

「天羽さん?」

「あんたの伴奏やりたいって子見つけたよ〜!!」

「本当に!?」

「初めまして日野さん。わたしは音楽科2年の森真奈美。昨日のあなたの演奏を聞いて感動したわ、音楽科でもあんな風に素敵に演奏できる人はいないと思う。

ぜひ、わたしにあなたの伴奏をやらせてもらえないかな?」

彼女は一瞬泣きそうになったが、口をしっかり引き結んで笑顔になって言った。

「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」

キーんコーンカーンコーン…

「おっと〜予鈴だ。じゃ〜ね〜日野ちゃん。」

「じゃあ、日野さんまた打ち合わせしましょうね。」

「天羽さん、森さんありがとう。」

「日野、良かったな。じゃあ、俺もこれで失礼する。」

「月森くんもありがとう。」

予鈴が鳴り、蜘蛛の子を散らすように彼女の元へ来ていた人たちがいなくなっ

た。彼女が笑顔になったことが俺にはうれしかった。

憂い顔も綺麗だとおもうけれどやっぱり笑顔でいてほしい。

彼女の一挙一動で喜んだり、悲しんだり、俺ってげんきんだなと苦笑した。


学内コンクールのおかげと言うか、土浦のおかげで俺はなんとか彼女と"クラスメイト"から"友達"へ昇格できたようだ。

いつの間にか、彼女のことを"日野"と呼び捨てにできるようになったし、たわいもない馬鹿話とかも少しながらできるようになった。

でも、学内コンクールが始まってから、彼女の周りには常にコンクール出場者の奴がいる。

しかも同じコンクールに出場する"仲間"ではなく、好意を寄せる"異性"としてって感じだ。

よりにもよって、みんなイケメンだらけ…

やっぱり彼女もあの中の誰かに好意を寄せていたりするのかなとか一人で考えて

暗い気持ちになってしまう。

さらに、彼女は今までの第1から第3セレクションまで全て優勝している。次の最終セレクションで上位三位に入賞すれば、ほぼ総合優勝は確実だ。

そのせいで、あのお高くとまった感じの音楽科の奴らも彼女には一目おいている。

さらに、クラッシックなんて関係ない、学内コンクール、何それ?とか思っていた普通科の連中ですら、

その話を知っていて、彼女に一目おいている。

彼女に賞賛の目が向けられるのはとてもうれしいことだけど、

異性としての視線が向けられていることが多々あるので複雑な心境だ。

子どもじみてるけれど、彼女を最初に好きになったのは俺なのになんて思ってしまう。

「クスッ。佐々木くん、一人で百面相してどうしたの?」

「わっ!!びっくりした〜。驚かすなよ〜。」

いきなり間近に彼女の顔が現れて驚いた上に恥ずかしさで顔が赤くなっていくのがわかる。

「あはは、ごめんごめん。何かず〜っと一人でぼ〜っとしてるかと思ったら、すごい勢いで表情が変わっていくから気になっちゃって。」

彼女のことを考えていると、しゃべれたことを思い出してはにやにやしてくるし、

実はコンクール出場者の誰かに好意を寄せてるとか?考えると凹んでくるし、

それが表情にまで出てしまっていたのだろう。

彼女の一挙一動が俺の心を支配しているのだから当然だ。

「ん〜、まあ、俺でもいろいろ思い悩んだりすることがあるんだよ。」

「何々?好きな人のこととか??」

「ばっ、馬鹿、そんなんじゃね〜よ!!」

図星を指されてかなり焦った。

「そんな大きな声出さなくても、冗談だよ〜。でも、図星っぽいね?」

そう言いながら彼女が一瞬、寂しそうな顔をした気がした。

そんな自分に都合良い解釈なんてないよな、っと頭の中からそう思ったことを追い出そうとした。

好きな人か…、やっぱり彼女にもいるのだろうか、ものすごく気にはなるが聞きたくない。

けれど、俺の口は思いとは裏腹な言葉を発した。

「日野こそどうなんだよ?コンクール参加者とか、あれだけイケメン揃いだった<ら、好きな奴とかいるんじゃないのか?」

これで彼女の答えがYESだったら自分は傷つくのだろうとわかっているのに、思わず言ってしまった。

彼女の唇からYESという答えが紡ぎだされるのが怖くて、彼女が答える前に言った。

「あっ、やっぱ、今のなし!!聞かなかったことにしてくれ。」

「…どうして?」

自分が傷つきたくないから言わないでほしいから、言ったのだがそんな理由は到底彼女には言えない。

どうしようと、答えあぐねていると、彼女が俺のもっとも恐れて聞きたくなかったことを言った。

「いるよ…、好きな人。」

俺は、やはりという事実に叩きのめされた。平静を装うのも難しいくらいだった。

「そっ、そっか。その恋実るといいな!!」

「うん、ありがとう。でも、わたしの好きな人はコンクールの参加者ではないよ。玉砕は目に見えてる恋だけど、もう少し頑張ってみるね!!」

「…そうだな、そうだよな。悔いの残らないように頑張れ!!」

玉砕がわかっていても、ここで諦めたら、俺の今まで彼女を思ってきた気持ちは何だったんだ?ってなっちゃうよな。

悔いの残らないようにしよう。

「?あっ、そうだ。最終セレクションも見に来てね!」

「今までずっと見てきたのに、最後のセレクションを見逃したりしないって。」

「ありがとう。じゃあ、わたし練習室に練習行くね。サッカー部頑張って!」

純粋に応援してくれていることがうれしかった。どんな結末であれ、この気持ちを大事にしよう。

「おう!日野も練習頑張れよ!!」

「うんっ!!」

彼女を見送りながら俺は後悔しないために思った。

最終セレクション終了後、俺の気持ちを伝えよう。


最終セレクション、彼女の演奏したのは"3つのロマンス第2曲"という曲らしい。

彼女が演奏しているときに、近くにいた音楽科のやつが言っていた。

"愛をつらぬいた解釈"のようだと。

俺にはそうゆうのはよくわからないけど、彼女の演奏は力強い中に繊細さがあり、とても情熱的な感じがした。

音楽科の奴の言ってたことと、彼女の演奏で俺が感じたこと…、2つを合わせて考えると、彼女の好きな人への思いをこの音楽に乗せて演奏しているのだろうと思った。

彼女に、こんなにも思われている奴がうらやましかった。

彼女の演奏が終わり彼女が一礼した途端、スタンディングオベーション。誰もが惜しむことなく拍手を送り、彼女を賞賛していた。

ついに学内コンクールが終わった。

彼女は全てのセレクションを優勝、普通科からの参加にも関わらず音楽科を抑えて見事、総合優勝した。


森の広場でゆっくり今日の彼女の演奏を思い出していると、ヴァイオリンを演奏する音が聞こえてきた。

どこからだろうかと探してみると、俺が彼女に一目惚れしたあの桜の木の傍で

ヴァイオリンを演奏している彼女がいた。

緋色の髪、ほっそりとした華奢な身体、ヴァイオリンを奏でているあの人影は彼女に間違いない。

桜はもうとっくに散ってしまっているけど、あの時と全く同じように、俺は彼女に惹きつけられて目を奪われていた。

彼女の演奏が終わってもなお俺は彼女に目を奪われたままでいた。

彼女は俺の方を真っ直ぐ見てにっこりと笑って言った。

「来てくれると思った。わたしの思いを乗せて弾いたから。さっきわたしが弾いた曲の題名知ってる?」

俺は首を横にふった。

「"愛の挨拶"。わたしが最終セレクションで演奏した"3つのロマンス第2曲"、あの曲は"愛をつらぬいた解釈"でやっぱり思いを音に乗せるよう演奏したんだよ。

佐々木くんのことが好きって思い。わたしの思い受け取ってくれませんか?」

俺は一瞬頭の中が真っ白になった。突然すぎることで、何も考えられず黙り込んでしまっていた。

「佐々木くん好きな子いるみたいだからやっぱ、無理か〜。」

その言葉でようやく俺は我に返った。

「違う!!」

いきなり大きな声で言ったので彼女はびっくりしたらしいけれど、謝ることもせず、一気に自分の気持ちをぶちまけた。

「俺の好きな奴は、日野、お前だよ。入学式にこの桜の木を見上げてる日野に一目惚れした。今までずっと好きだった。好きな人がいるってわかったときは諦め

ようかとも思ったけど、日野がこの前玉砕覚悟で頑張るって言ってたから、俺も頑張ろうと思って、今日告白しようと思っていたのに、何で先に言うかな〜。」

間違いなくうれしいのに、先に言われたことが悔しかったというか、情けない。

俺の言ったことが予想外だったのか今度は彼女が黙り込んでしまった。

「俺達お互い勘違いだったんだな!!お互い別の誰かが好きなんだ〜って思ってて、でも、お互い諦めなかったからこそわかったんだよな。」

「うん、そうだよね。良かった、諦めないで。」

「あのさ、さっきの"愛の挨拶"ってやつまた弾いてくれないか?」

彼女は笑顔になって、無言のまま再びあのメロディーを奏でてくれた。


実は入学式の日にお互い一目惚れだったとは…

しかも土浦とやたら仲良かったのは、俺の話を聞いてたりしてたらしい。

学内コンクールのおかげで俺は彼女と知り合えて、思いを通わせることができた。

ヴァイオリン・ロマンスではないけど、学内コンクールには感謝しないとな。

 

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