宣戦布告


最初は学内コンクールに普通科の子が出るってことを知って、友達になりたいな!!って思ってただけで、
先輩らしく音楽の楽しさとか教えてあげなくちゃ!!って思ってた。
でも、いつしか君が他のコンクール参加者と仲良さそうにしているのを見たら、
胸がざわざわってなって、苦しくなってる自分がいた。
そっか、俺は君のこと好きなんだって自覚してからは気持ちが加速したみたいだった。
好きな人いるのかな?っとか考えてじたばたしてたけど、
君の好きな人が兄貴だったなんて、俺はどうすれば良いんだろう。
わかってる、今まで通り君の先輩の顔をしてれば良いんだってこと。
でも、君からすれば先輩でなくて、俺は彼氏の弟でしかない。
それでも、今の関係すら壊したくない、君から嫌われたくない。
だから、俺は君の前では良い先輩、良い彼氏の弟を演じるよ。

下校時刻を迎えて正門に向かって歩いていると、俺の歩く前の方に緋色の髪の普通科の女の子が歩いている。
間違えるはずがない、香穂ちゃんだ。つい心が弾んで笑顔になってしまい、名前を呼ぼうとした。
「香っ…。」
呼びかけた声はそこで止まって、歩いていた足も止まってしまった。
後ろ姿でもわかる、香穂ちゃんが嬉しそうにしていることが。そして、正門へ向かって手を振って駆け出した。
誰が正門のところにいるのかは、見なくてもわかった。
「陽樹さん!!」
「香穂!走って来なくてもいいのに。こけるぞ?」
「えへへ、陽樹さんのとこへ少しでも早く来たかったんです。」
香穂ちゃんは笑顔で兄貴としゃべってる。胸が痛くてたまらない。こんな痛さ今まで味わったことがない。
ずきずき、ぎりぎりと胸が痛くて、これ以上見てられなくて俺は二人に気付かれないよう森の広場の方へ駆け出した。
森の広場まで一気に走った。最終下校時間まで後10分もないから、もう誰もいなかった。
さっきの光景を思い出すと、胸が締め付けられるように痛くて痛くて、どうしようもなくて…うっすら涙が出てきた。
だんだん視界が歪んできて、ついには一粒頬から涙が落ちていった。
こんな気持ち知らない。今まで、こんなにも胸が締め付けられる思いをしたことがない。
ただただ胸が苦しくて頭の中は何だかぐちゃぐちゃで…、さっきの光景を思い出したくなくて、何も考えたくなくて…。
その場で寝転んで、腕を目に押し当てた。

気付いたら涙は止まっていた。というか、眠ってしまっていたみたいだ。
今何時だ!?っと思って時計を見ると、時計はすでに20時を指していた。
やばい!!急いで帰らないとって思ったけど、家に帰ったらきっと兄貴がいるだろうって思ったら、その場から動けなくなった。
兄貴のことは好きだ。でも、今日の二人の様子を見た後で、兄貴の顔を見るのはきつい。
きっと、兄貴の顔を見たら二人の様子を思い出して、ひどいことを言ってしまうだろう。
誰が悪いわけでもないけど、だからこそ兄貴に八つ当たりしそうだ。
でも、帰らないわけにもいかないと思い、のろのろと帰途についた。

駅前通りを歩いていたら、声をかけられた。
「火原先輩っ?」
「和樹っ!」
呼ばれた方を振り返ると、香穂ちゃんと兄貴がいた…。
「買い物ですか、火原先輩?」
「ううん、森の広場で昼寝してたらこの時間まで寝ちゃっててさ〜、疲れてるのかな?」
必死に笑顔で言おうとしたけど、絶対引きつってる…。二人が一緒にいるところなんて見たくなくて、
この場から走って逃げ出したかった。
でも、そんなことはできないから、頑張って笑顔で答えようと思ったけど、胸が痛くて痛くて、笑顔も失敗してしまった。
「火原先輩、具合でも悪いんですか?何だか元気がないみたいですよ…?」
「ううんっ!!そんなことないよ?元気、元気!!じゃ、二人の邪魔しちゃ悪いし、俺先に帰るね!!香穂ちゃんまた明日ね!!兄貴も後でね!!」
「あっ、火原先輩っ…。」
「和樹っ…。」
一気にまくしたててしゃべって、二人が何か言う前に俺は走り出した。
二人の姿をこれ以上見たくなかった。
人を好きになるのって、やさしい気持ちになれたり、風船みたいにふわふわした気持ちになれたり幸せな気持ちの方が大きかったけど、
今はただひたすら辛い気持ちばかりだ。
人を好きになるのがこんなに辛いなんて思わなかった。
二人の姿はもう見えない場所まで来たけどしばらく走り続けた。
全力疾走だったからさすがに息が上がって、とぼとぼと歩きだしたとき、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
「和樹っ!!」
ここにいるはずがない、でも聞き間違えるはずのない声にびくっと身を硬くした。
俺のすぐ後ろまで来たところで足音は止まった。しばらく、息切れが聞こえてきたけれど、すぐに聞こえなくなった。
「…、ごめんな和樹。」
兄貴にどうして謝られたの、何を謝られたのかすぐわかった。だから振り返って俺は努めて明るく言った。
「何謝ってるんだよ、兄貴?俺、兄貴に謝られるようなことされた覚えないよ?
それより、香穂ちゃん1人で帰らせたの?駄目だよ、もう遅いのに1人で帰らせたら。」
「香穂は、香穂の姉さんがもうすぐ駅着くって言うから、姉さんと一緒に帰るから大丈夫って言って、お前を追いかけろって言われたから、お前を追っかけてきた。」
兄貴が"香穂"って呼び捨てにしているところに反応してしまう。
「…言い訳になるけど聞いてくれ。…和樹が香穂のことを好きだっていうのは、香穂に初めて会った時から知ってた。」
俺は、何も言わなかったと言うよりも、言えなかった。俺が黙っているので、兄貴は続けて言った。
「あれから、香穂が俺のバイト先に偶然来て、あいつは俺がお前の兄貴って事ちゃんと覚えててさ、しゃべるようになったんだ。たまに二人で会うこともあった…。
気付いたら、香穂のこと気になってて、もうそのときには惚れてしまってた。本当にごめん…、和樹。」
俺は何も言えなかった。兄貴が香穂ちゃんを好きになってしまったのは、どうしようもないことだ。
俺が香穂ちゃんを好きになってしまったのと同じで、どうこうできたことじゃない。
わかってはいる。わかってはいるし…、頭で理解はできてるけれど、心はそれを受け止めきれない。
「お前より後で香穂に出会って、香穂のことを好きになったけど…。香穂を思う気持ちはお前には負けない。
だから、香穂を泣かせたりしない、絶対に幸せにする。」
「…ごめん、兄貴。ちょっと俺、今日は兄貴の顔見たくない…。」
こんなこと言って逃げちゃいけない、兄貴は真剣に俺に自分の気持ちをぶつけてくれたのだから、って思ったけど、
俺にはこう言うのが限界だった。

昨日の夜は結局、いろんなことを考えてしまって、胸の痛みがますますひどくなって全く眠れなかった。
放課後になって気分を明るくさせようと、屋上でエンターテナーやガヴォットとか明るい曲を思いつくまま、思いっきり吹いてみたけど、
どれもこれも香穂ちゃんの思い出が一緒にある曲ばかりで、悪循環だった。
「はぁ〜…っ。」
っと、深いため息をついたとき、名前を呼ばれた。
「火原先輩っ。」
振り返らなくてもわかる、俺の名前を呼んだこの声は香穂ちゃんだ。
「火原先輩、どうかしたんですか?」
香穂ちゃんが本当に俺のことを心配してくれているのはわかる。でも、振り返ることは、できなかった。
「何にもないよ!!俺はいつも通り!!」
香穂ちゃんは何て言えばいいのか考えているみたいだ。二人の間に沈黙が流れた。
その時、屋上のドアが開いた。
「やっぱりここだったか。香穂、金やんが呼んでるぜ。音楽準備室に来いだとさ。」
「あっ、うん。わざわざありがとう、土浦くん。…火原先輩。早くいつもの火原先輩に戻ってくださいね。」
香穂ちゃんの足音が遠ざかって行って、ドアの向こうへ消えた。
香穂ちゃんがいなくなると同時に土浦が口を開いた。
「火原先輩、いったいどうしたっていうんです?香穂、ずっと心配してましたよ。」
土浦ならどうだろう、土浦が俺と同じような立場だったらどうするだろうと思い、思い切って聞いてみることにした。
「…、ねえ土浦。」
「何ですか、火原先輩。」
「もし、土浦の好きな子が、土浦のものすごい身近な人間で自分が逆立ちしたって敵わないって思ってる家族みたいに大切な人間と付き合い始めたらどうする?」
「はあ?何ですかそれ?」
土浦は、何を言い出したのだ?っと言わんばかりの顔で言った。
「まあ、いいじゃん。土浦だったらどうする!?」
俺がもう一度質問したら、土浦は真剣に考えてくれた。
「俺だったら、好きになった奴の相手が誰だろうと、一度好きになった相手なんですから諦めるなんて無理なんで、諦めないですかね。
露骨に邪魔したりなんかはしないですけど、今はライバルに敵わなくても、いずれ対等になって追い抜かして、そいつに俺の方が良いって思わせます。」
目から鱗だった。今まであんなにじたばたしていた俺って何だったんだろうって考え方だった。
頭にかかってたもやが晴れたみたいにすっきりした。
「…そっか。そうだよね!!ありがとう土浦っ!!俺ちょっと行くところできたから今日はもう帰るね!!香穂ちゃんに聞かれたらそう答えておいて!!」
土浦にそう言うや否や俺はダッシュで屋上から出て行った。
屋上のドアが閉まった後の土浦のぼやきなんか聞こえるはずもなく、俺は兄貴のバイト先へ向かって走った。
「あ〜あっ、恋敵に助言して何やってんだか…。」

兄貴はたしか今日は、バイトは6時上がりだったはず。
「じゃ、お先に失礼しま〜す。お疲れ様です。」
俺が兄貴のバイト先に着いたら、ちょうど兄貴がバイト先の通用口から出てきた。
「兄貴っ!!」
「和樹っ!?」
兄貴はびっくりしたように俺を見つめた。
「兄貴っ、俺、香穂ちゃんが好きだよ!!兄貴と香穂ちゃんが付き合っていようと、俺は香穂ちゃんのこと諦めないから!!」
鳩が豆鉄砲くらったような表情で兄貴は立ち尽くしていた。
「宣戦布告っ!!」
俺は満面の笑みで兄貴に言い放った。
次の瞬間、兄貴は破顔して言った。
「ば〜か!絶対に香穂は渡さねーよ!!」

 

 

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