止められない気持ち

 

 

お前がさ、誰を見てるかなんてすぐ気付いた。
でも、そのときにはもう気持ちは止まらなくなってて手遅れだったんだ。
どうか、気付かれないようにお前を思い続けることくらいは許してくれ。
この気持ちを持ち続けるくらいは許してくれ。

ドンッ。
「あっ、ワリぃっ。」
って謝った瞬間ぶつかった奴を見たら、手に持っていた荷物を階段下へぶちまけて、荷物を持っていた奴も階段下へ落っこちそうになっていた。
慌てて、そいつが落ちないように抱えた。
とっさに抱えたが、うわっ、ほっせー…。
抱えた身体は驚くほど、華奢だった。
「悪かったな。大丈夫か?」
「びっくりした。ありがとう。あ〜、プリントが…。」
タイの色を見ると赤、同じ学年か。
「本当に悪い!!手伝う。」
「ううん、こっちもぼ〜っとしてたから。え〜っと…?」
名前がわからないから何て言えばいいのかっと思っているのだろうと思い、自己紹介した。
「ああっ、俺は土浦梁太郎。2年5組だ。」
「わたしは日野香穂子。2年1組。よろしくね。」

これがあいつとの出逢い。
クラスも離れているし、校内とかでたまに会う程度、顔見知り程度の知り合いのハズだった。
学内コンクールが始まるまでは…。
まったくの素人なのにコンクール出るはめになって、やめればいいのに一生懸命で。
今まで無縁な世界だったはずなのに、誰よりも練習して、努力していた。
そんなあいつをほっとけなくて、普通科のよしみだって言って、あいつの助けになるならと、南楽器以外で弾くことをやめていたピアノも弾くようになった。
最初は興味なんてなかった学内コンクールも見に行くことにした。
あいつの演奏順、あいつは1人でステージに上がった。
本来一緒に出てくるはずの伴奏者がいない。
伴奏者がいないままで演奏を始めた。
すぐに教師陣に止められた。
「君、伴奏者はどうしたんだね?」
教師からの問いかけにあいつは泣きそうになるのをこらえて下唇を噛んでいた。
その様子に俺はいてもたってもいられなくなって、後の事なんか考えずに、
「伴奏者ならここにいるぜ。」
名乗りを上げて、気付けばステージに上っていた。
あいつの目は驚きに見開かれてこちらを見ていた。
「土浦くん…。」
落ち着かせるようにあいつに向かって頷いて目配せし、俺はピアノを前に座った。
そして、俺はあいつの方に視線をやった。
あいつは頷くと演奏を始めた。
何度も練習に付き合っていたんだ、呼吸はぴったりだ。
最初のアクシデントなんてなかったかのように城内は水を打ったような静かさで、俺の伴奏と、あいつのヴァイオリンの音色だけが響いていた。
演奏が終わると割れんばかりの拍手が起こった。

第1セレクション終了後、学内コンクールなんか興味なさそうにしていた、同じサッカー部の佐々木が見に来ていたらしく、散々冷やかされた。
「日野さんが困ってるところにいきなり土浦が現れて、伴奏者ならここにいるってびっくりしたぜ〜。」
そんなことを言われて、かなりバツが悪かった。
翌日、学校へ行くと掲示板に学内コンクール追加参加者として俺の名前が書かれていた。
あいつは俺が参加するようになったことを心の底から嬉しそうにしていた。
もう、戻るつもりのなかった音楽の世界。
すっかりあいつに巻き込まれちまったな。けど、自分からは戻ることはなかったと思う、戻ってこれて良かったって今は思える。
俺を巻き込んだみたいに、人を巻き込んでいくパワーを持っているのに、一生懸命になりすぎて周りが見えなくなってどこか危なっかしいところがあったり…。
そんなあいつをほうっておけるはずがなかった。
気付けばいつもあいつの音色を探していたり、あいつの姿を目で追っていたりする自分がいた。
ようやく自覚した。
ああっ、俺はあいつのことが好きなんだって気付いた。
そして、自分の気持ちに気付いたときに、気が付いた。
あいつがいつも1人のやつを目で追っていることに。
俺と同じサッカー部で俺の友人。あいつと同じクラスの佐々木のことを…。

「ごめんね、土浦くんまた練習に付き合わせちゃって。」
「気にしなくていいぜ。俺にとっても、人の伴奏するってのはいい経験になってるしな。」
俺にとっては一緒に練習できるなんてのは、かなりラッキーなことだ。
好きな女と二人でいれることが嬉しくないはずがない。
俺の唯一の幸福な時間。
「…ね、ねえ、土浦くん。」
日野が遠慮しがちに俺を呼んだ。
「何だ?」
「佐々木くんって、"好きな人"とかいるのかな…?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。こいつが佐々木のことを好きなのは本人に聞いたわけではないが、わかっていた。
それでも、今の質問は俺の胸を苦しくさせた。
俺が黙り込んでしまったせいか日野は心配げに名前を呼んできた。
「土浦くん?」
何か答えなくては変に思うだろう。早く何か答えなくてはと逡巡した。
「さ、さあ。どうだろうな。」
少し声が震えてしまった。
「何でそんなこと気になるんだよ?」
「あっ、変なこと聞いてごめんね?友達とそうゆう話してたときに佐々木くんの話出てどうなんだろう?ってなったから。」
しどろもどろになりながら答えるものだから下手な嘘をついてるのが、ばればれだ。
俺はかなり動揺していたが、ここで俺の気持ちがばれるわけにはいかないと思い、自分の気持ちを覆い隠して言った。
「まあ、そうゆうことにしといてやるよ。」
自分の気持ちを覆い隠したと言うより、自分がそう信じたかった。
「土浦〜っ!」
いきなり呼ばれて振り返ってみると佐々木だった。ものすごい勢いでこっちに走って寄ってきた。
「あっ、日野も一緒だったんだ。」
「で、どうしたんだよ、佐々木?」
日野が佐々木が来てから落ち着きがなくなった。佐々木もどこか落ち着かない様子だ。
「あっ、借りてたCD返そうと思ってさ。サンキューなっ。」
「な〜に?何のCD?」
日野が聞いてきた。
「ショパンのCDだよ。突然、こいつが聞きたいんだけど持ってないか〜って言い出してさ。」
クラッシックに興味なさそうにしていた佐々木が学内コンクールを見に来て、しかも第1セレクションでこいつが弾いた曲はショパンの"別れの曲"だ。
「佐々木くん、クラッシック聞くんだね。まあ、コンクール聞きに来てたくらいだもんね。」
「まあな。日野、何かおススメな曲とかないか?」
直接聞いたことはないが、佐々木は日野のことが好きなんだろう。そして、日野も…。

最終セレクションの日をついに迎えた。
俺の演奏は終わり次は日野の順番だ。
「よう、日野。調子はどうだ?」
「土浦くん。かなり緊張してるけど、最後のセレクションだから、後悔のないよう頑張ってくるよ。」
日野は笑顔で俺に言った。
「次は普通科2年1組、日野香穂子さん。曲は"3つのロマンス第2曲"です。」
「頑張ってこいよ、日野。」
「ありがとう、いってくるね!」
日野の演奏が始まった。
日野の演奏は、時に激しく情熱的に、時に優しく慈愛に満ちていた…。
"愛をつらぬいた解釈"、ああ、日野。お前はやっぱり佐々木のことを想っているんだな。
俺の胸は苦い痛みでいっぱいで、その痛みは消えることなくおれの中をくすぶり続けた。

コンクールは総合優勝は日野。次いで俺、と普通科から出場の二人が上位を占める結果となった。
コンクールが終わった後、俺は天羽の奴にとっ捕まってしまって、インタビューを受ける羽目になった。
日野と話をしたかったから探していたんだが、いつの間にか姿がなくて、そんなときに天羽に見つかってしまったのだ。
「今回のコンクールはどうでしたか?」
「学ぶべきこと、得た物の多かったコンクールだったな。」
二度と人前でピアノを弾かないと思っていたのにな。
再び純粋に音楽を楽しむってことを学んだ。また音楽を楽しむって気持ちを手に入れることができた。
「総合優勝した人をどう思いますか?」
「全くの素人、普通科であるというにも関わらず、あれだけの人間を感動させることのできる表現力は他を圧倒していた。当然の結果だったんじゃないか?」
どこまでも清らかな演奏だが、清麗だけでなく、彩華・愁情も併せ持つ演奏で観客を魅了していた。
あんな演奏は初めて聞いた、いや、あんな演奏のできる奴を初めて見た。
「では、最後にコンクールの感想をお願いします。」
「音楽が音を楽しむものだってのを思い出すことができて良かったと思う。」
あいつがいたからこそ、俺はここにいる。
あいつのヴァイオリンをどうしても聞きたくなった。それに話をしたいこともある。
「俺にしては我慢して答えてやったんだ、もういいだろ?じゃーな。」
「あっ、ちょっと〜!!まだ終わってな〜い!!」
俺は、脇目も振らず走った。ただ、日野だけを探した。
森の広場の今はもう、新緑の葉を青々とさせている桜の木の下に日野はいた。そのすぐ側に佐々木も…
日野はエルガーの"愛の挨拶"を愛おしそうに奏でていた。
佐々木もその意味を知っているかのように、ヴァイオリンを奏でる日野を見つめていた。
日野のヴァイオリンを聴きたかった。
けれど、誰かのために奏でるヴァイオリンでなく、俺だけのために奏でてくれるヴァイオリンを聴きたかった…。
気付けば俺は、背を向けて、その場から逃げるようにエントランスへ向かっていた。
あの二人の様子を見ていればわかる。
二人は思いが通じあったのだろう。
あいつが誰を見ているのか気付いたときにはすでに手遅れだった。
この気持ちは一生枯れることはないだろう。
それでも、あいつにはいつも笑顔でいて欲しいから、あいつの幸せを祈る。
幸せを祈る変わりに、俺がこの枯れない気持ちを持ち続けることを許してくれ。

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