First Impression〜真弘の場合〜
「今日も空が綺麗だな…。」
屋上への入り口のちょうど真上。屋上よりも一段高い場所にあるそこは空が近く感じられて俺の特等席だ。
木葉が色づき始めた今、陽射しがちょうど温かくて心地よくて、そこで空を眺めながらふと思い出した。
そういや、今日からだよな、来るのって。
当代の玉依姫が季封村へやって来る。
このことを聞いたのは、ちょうど一週間くらい前か?
そいつは幼い頃に村へ遊びに何度か訪れていたらしい。
その時、カミサマが見えていたそうだ。
カミサマが見えるってことは、多少なり霊力があるってことだ。
両親が出張でそいつが一人きりになってしまうのはさすがに危ないから、こちらへいらっしゃいと口実を作って、
村へ呼び寄せたみたいだ。
当代の玉依姫として…。
何も知らずにここにやってきて、この土地に死ぬまで縛り付けられんだな、そいつは。
守護五家の人間は幼い内から、守護者としての務めを全うできるよう修行をずっと行ってきてて、
玉依姫は命に代えても守り抜けと教え込まれている。
守護五家の人間は太古の神の血をひいている、厳密に言えば人間ではないということだ。
古に交わされた約束。
守護五家はその約束によりこの地から外へでることはできない。
それが守護者の宿命だ。
守護五家が一つ鴉取の家に生まれたからには逃れられない宿命がもう一つある…。
太古の時代に玉依姫に仕えていた神の一人、【クウソノミコト】の血をひくが故に…。
【クウソノミコト】は戦いを目の前にして、一人逃げ出した卑怯者。
その神の血を引く鴉取の人間は、守護五家は必要最低限のことしか知ってはならないという理に関係なく、様々な歴史を知っている。
いずれ封印が薄れたとき、鬼斬丸封印の贄となる宿命のために。
幼い頃から、知っていた事実。
いつか己の身体は生贄として差し出さなければならない。でも、その事実が恐ろしくて、怯えてきた。
幼い頃から知っていた。だからこそ俺は人生に絶望し何もかもあきらめている。
守護五家として、玉依姫をあらゆる災厄から守り、この村から外に出ることも適わず、月日を経て、この村で死んでいく。
それでも玉依姫は受け継がれていく。…守護五家と共に…。
ガチャンッ。
屋上の入り口の扉の開く音がした。
続いてやかましい声が二人分聞こえてきた。
一人は間違いなく拓磨だ。
もう一人の声に聞き覚えはない。拓磨がここに連れてきたらしいことを考えると、当代の玉依姫となる奴だろう。
さて、どんなものかと思い、体を起こして下に目をやった。
拓磨と栗色の髪の長い女がいた。
屋上の入り口を背にして立っているせいでちょうど顔は見えない。
背は高い方だろう。立ち姿がスラリとしている。
「そいつが姫様か?」
拓磨に問いかけた。
予想だにしないところから声がかかったためだろう、そいつは驚いたようにこちらへ振り向いた。
元々大きいだろう瞳が驚きで見開かれている。
目は髪と同じ栗色でくるんとした丸い瞳。鼻は通っている。
肌は抜けるように白くて陶器のようだ。
「そっすよ。」
そもそもそうだろうとは思っていたが、拓磨の返事で、当代の玉依姫だと確信した。
こいつが、ババ様の孫…。
ババ様に全然似てねえじゃねーかっ!!
あのババ様と血が繋がっているとは思えない。
美人だと思った、いやまだ可愛い、か?
どんな奴なのかはわからねーけど、こいつなら守護者として守るのも悪くない。
気づかれないようにニヤリと笑った。
そして間近で俺達の玉依姫を拝むため特等席から飛び降りた。
名前負けしてねぇ!!
くっそー拓磨にタイヤキおごりか…。
当代の玉依姫は美人にまた一票投じられた。