ハロウィンパーティー〜ヒイロノカケラの場合〜 前編


「沙弥。」
「なあに、凌さん?」
最近ではまず有り得なかった光景がここにある。放課後になり沙弥と凌が帰宅しているのだが、珍しいことに二人きりなのだ。
いつもなら守護者のメンバーが、沙弥を囲むようにして帰宅するのだが今日に限って皆何かしらの用事があるらしく、
沙弥と凌の二人きりで帰宅している。まだ、皆と出逢う前、凌しか友人と呼べる人がいなかったときのように二人きり。
以前ならこれが日常、普通であったのに今は二人だけでは何か物足りなさと寂しさを感じるのだから不思議な感じだと、沙弥はふと思った。
「今度の週末、空いているか?」
凌の唐突な問いかけに沙弥は首を傾げながらも素直に答える。
「ええっと……、特に用事はない筈だけれど。」
沙弥のその返答に凌はすぐ様表情をぱっと明るいものにした。
「そうか!!じゃあ、沙弥、その日は予定を入れずに空けておいてくれ。」
にこにこと笑顔で言う凌にわけがわからず首を傾げるばかりだが、とりあえず沙弥は返事をする。
「えっ、ええ。わかったわ。今週末ね?」
「ああっ、今週の土曜日。」
凌の言葉に沙弥は頷いた後、何故なのか理由を聞こうと口を開きかけた……
「土曜日に「おっと、もうマンションに着いたのか。じゃあ、沙弥、くれぐれも土曜日に用事を入れたりしないでくれよ?
約束だからな?じゃあ、また明日!!」何……。」
が、その疑問を最後まで口にできずに凌は爽やかにマンションへと入って行ってしまった。
一人マンション前に残された沙弥は呆然とするばかり。一体今週の土曜日に何があるのだろうか?
っと、いろいろと考えを巡らせてみるのだがどれもいま一つぴんとこない。
まあ、また明日凌さんに聞いてみようっと沙弥は考えるのをやめてマンションへと入って行った。


翌日、何故かなかなか凌に質問する機会に恵まれず、気づけばその日の授業は全て終わり放課後を迎えていた。
凌は今日は用があるらしく、一緒には帰れないとメールが来ていたので、カバンを手に持ち沙弥は昇降口へと向う。
廊下を一人歩いていると、
「せ〜んぱいっ♪」
後ろからいきなり誰かに抱きつかれて、沙弥は驚いて"ひゃっ!!?"と叫んだ。
「"ひゃっ"って、もう本当に沙弥先輩ってばどうしてそんなに可愛いんですか〜?」
沙弥にぴったりと抱きついたまま、楽しそうに言う声で誰なのかすぐわかった沙弥は、その腕から逃れようとじたばたともがきながら言う。
「狐邑くんっ!!もう、いきなりびっくりするでしょ!!」
周りで怜が沙弥に抱きつく様子を目撃していた面々は、沙弥の言葉に怒るのそこなんだ……っと皆一様に思った。
沙弥に抱きついている張本人ですらも、怒るのはそこなんですね……っと苦笑を浮かべ、小さくぼやいた。
「まあ、俺のときだけこんな調子なら問題はないんですけどね〜。」
「何か言った?狐邑くん。」
どうやら怜のぼやきは沙弥には聞こえることはなかった様子だ。怜は"何でもありませんよ〜。"っと適当に返答する。
首を傾げながらも怜の言葉に一応は納得する沙弥。その様子を見て、沙弥先輩ってばすぐに人の言うこと信じたりして、
本当に危なっかしいな〜っと怜がぼんやりと考えていると沙弥が、小さな声で言う。
「あの、狐邑くん……?」
その声で意識を沙弥に向けて、"何ですか〜沙弥先輩?"と問い返す。
「えっと、あの、あのね?……いい加減放してほしいなって……。」
言葉尻に向かって声はどんどん小さくなっていった。
怜は後ろから抱き着いているので、沙弥の顔を窺い知ることはできないが、沙弥の耳が真っ赤になっていたので、
顔はりんごのように真っ赤になっているのだろうと容易に想像がついた。
はっきり言えばいいのに、言えずに真っ赤になるなんて、本当に沙弥先輩可愛いなぁ〜。
怜がそんな事を考えていると、沙弥が不安気に"狐邑くんっ?"と呼びかけてきた。
「そ〜んな可愛く言われたら、放すものも放せませんよ?」
ちょっとした意地悪をしたくなってそう言うと、さらに力を籠めてぎゅっと抱きしめてみる。
そうしたら案の定、
「こっ、狐邑くんっ!!?///」
っと焦ったような声があがった。あまりに想像通りの反応をする沙弥に、怜はクスリっと笑って、ようやく沙弥のことを解放した。
沙弥の真正面に回って顔を覗き込むと案の上、りんごのように顔は真っ赤で困ったように眉尻が下がりハの字を形作っていた。
その沙弥の表情のあまりの可愛さに、怜は思わず"沙弥先輩、可愛すぎですよ〜"っと言い今度は真正面から抱きつき、
抱きつかれた沙弥は、一瞬何が起こったか理解できなかったが、ようやく状況が飲み込めると"こっ、こっ、こっ……、狐邑くんっ!!"っと、
怜の名前を呼ぶのもどもるくらいに大パニックを引き起こしてしまった。

この後、昨日と同じく珍しいことに沙弥は怜と二人で帰路についた。


その翌日は、授業が全て終わると沙弥の元に駿から、
"今日、お時間ありますか?千尋が会いたがっているので、一緒に病院へ来てもらえないですか?"
とのメールが来た。
特に用事もなかったので沙弥はすぐに了承の返事をして、正門で駿と落ち合うと千尋の入院する病院へ向かった。
久しぶりに会う千尋は、以前よりも大分元気そうで終始にこにこと楽しそうに笑いながら、沙弥と兄である駿との会話を楽しんでいた。

「じゃあ、千尋くん。また来るわね。」
病院の面会時間もそろそろ終わる時間になり、沙弥は千尋にそう声をかけて席を立つ。
「うん、また来てね!沙弥姉ちゃんっ。」
少し寂しそうな表情を浮かべながらも笑顔を作って千尋は沙弥に手を振る。

病院を後にして、沙弥と駿は並んで歩く。二人の間に今会話はないが、ゆったりとした、心地良い空気が流れる。
「今日は、ありがとうございます。何だか無理言ってしまったみたいで、すみません。」
駿が申し訳なさそうに言った。駿の言葉に沙弥は一瞬きょとんとして、すぐに言葉を返す。
「そんなこと全然ないわ。久しぶりに千尋くんに会えて楽しかったし、わたしに会いたいなんて、
千尋くんが言ってくれた事がすごく嬉しいの。」
ふふふっと楽しそうに笑いながら言う沙弥の様子を見て、駿も自然と笑顔になる。
「じゃあ、また今度、千尋のところへ行くときお誘いしても良いですか?」
沙弥の笑顔を見ていたら、無意識に思わず口から出てしまった言葉に、駿自身も驚き、言われた沙弥も驚いていた。
急いで取り消そうと口を開きかけたとき、駿の声が音になるよりも前に、沙弥の驚きに見開かれた瞳は
弓なりに細められ口角が上がり、開いた口から発せられた音が言葉になった。
「誘ってもらえると嬉しいわ。だから、絶対に誘ってね。約束よ?」
にっこりと笑いながらそう言って、沙弥は右手の小指を差し出した。
今度は沙弥の言葉に駿が驚く番だった。驚いたが嬉しい言葉に駿も笑顔で右手の小指を差し出して、沙弥の小指に絡めた。
「はい、約束ですね。」
幼子のように二人は指きりを交わして微笑みあった。

今、育てている植物の話や他愛も無いことをしゃべりながら駿は沙弥を家まで送り届けた。


今週に入ってからと言うもの、何故か守護者の誰かと二人だけで帰る日が続いていた。
それまでが、毎日皆でわいわいと帰っていただけに、沙弥は疑問を感じていた。
避けられているかのように凌にも会えず、この日も沙弥が一人昇降口に向かっていると、
後ろからバタバタという足音と共に"姫〜〜〜〜〜っ!!!"と叫ぶ声が聞こえてきた。
この学校で、このような行動をとる人物を沙弥は一人しか知らない。
振り返るとそこには、沙弥のよく知る人物、狗谷志郎その人がこちらに向かって走って来ていた。
沙弥の目の前までやって来た志郎は息を一つも乱しておらず、すぐ様矢継ぎ早に沙弥に話しかける。
「姫っ!!今から帰るんでしょ?俺も今から帰るから、一緒に帰ろう?同じマンションなんだからいいよね?」
まるで大型犬が何かに期待しているかのように、目をキラキラと輝かせ、尻尾がついてればぶんぶんと、
音がつくほど、千切れんばかりに振っているのではないかと思うような様子だった。
志郎の様子に沙弥は、クスッと笑いながら、
「一緒に帰りましょうか、狗谷先輩。」
っと了承の返事をした。

帰り道、志郎が今日あった事などを話して、沙弥はそれを聞く役に徹していたのだが、
どれもこれも志郎の話はおもしろくて、沙弥は終始笑いながら聞いていた。
志郎は志郎で、沙弥が楽しそうに笑ってくれていることが嬉しくてたまらずニコニコと笑顔になっている。
「もう、本当にあれには参ったよ〜。」
大袈裟に肩を落として志郎が言うと、沙弥はクスクスと笑った。
沙弥が自分の話で笑ってくれたことでますます嬉しくなった志郎は、
「やっぱ、姫と帰ると俺めちゃくちゃ幸せっ!!だから本当に今週は辛かった〜。今日を心待ちにしてた!!」
と、ご機嫌にマンガならにかっと音が付きそうな程の笑顔で言う。
「いくら準備があるからって、姫と帰るのも当番制って、ずっと姫に会えなくて本当に俺、死んじゃうかと思ったし。」
がっくりと項垂れて、溜息を吐きながら言う志郎の言葉に沙弥は首を傾げる。
「わたしと帰るのが当番制……?準備って何のですか?」
沙弥の問いかけに一瞬まずいっ!!というような表情を浮かべた後、どうにか表情を取り繕って志郎は言葉を返す。
「あ〜っと、ほら!!今週は何かみんな忙しくってさ!!姫を一人で帰らせるなんて危険すぎるから、
今週は分担して姫の護衛するようにしたんだよ!!うん。」
一人納得するように言う志郎だが、どこか取ってつけたような物言いに沙弥は何となくしっくりこなくて納得しかねていた。
何の準備をしているのかも答えがなかったので、もう少し聞いてみようとしたのだが、
「あっ!!もうマンション帰りついたねっ。やっぱ姫と一緒にいると時間が過ぎるのが早すぎるな〜。
名残惜しいけどまたね、姫っ!!」
っと、それだけ矢継ぎ早に言うと志郎は猛ダッシュでマンションへと消えて行った。
話しかけるタイミングを掴めなかった沙弥は呆然と志郎を見送り、一人悶々とみんなで何かしているのかな……?
っと考えこみ、自分だけが知らない様子であることに寂しさを感じながらマンションのドアをくぐった。


凌との約束した土曜日が翌日に迫ったこの日も、凌とは会えず、唯一の手がかりの発言をした志郎とも会えず仕舞いで、
沙弥は帰宅しようとカバンを手に教室を出ようとした。
溜息を吐きつつ教室から一歩踏み出すと、
「溜息を吐くと幸せが一つなくなるって言ってなかったか、お前は。」
耳元で自分のよく知る声が聞こえてきたことに驚く。
「いっ、犬戒先輩っ!?」
御言葉使いの響の声は、不思議な音色を持っている。力を込めた声でなくとも、元々、響は声がどこか艶っぽいため、
沙弥は自然と顔に熱が集まることを止められず、頬を真っ赤に染め上げた。
そんな沙弥の動揺を響が気付かないハズはないのだが、響はそ知らぬ顔で、
「さぁ、早く帰るぞ。」
そう言うと沙弥のカバンを手に持ち、スタスタと昇降口へと向かって行ってしまう。
状況に頭がついていってない沙弥は、頬を真っ赤に染めたまま、ぽかんと響の背中を見送っていた。
数メートル歩いたところで一向について来る気配がないため、響は振り返り、
「おい、ボケっとしてないで早く来い。おいていくぞ。」
っと沙弥に向かって言う。
その声にようやく頭の働きを取り戻した沙弥は、真っ赤になっている頬を隠すように俯き加減になり小走りで響のいる方へと向かった。
その姿を認めると、響は踵を返し、先程よりもやや緩やかな速度で昇降口へと向かい歩き出した。

「―――――。」
「―――――。」
沙弥の住むマンションへの道程を歩く二人に会話はなく、沈黙が続いていた。
いい加減その沈黙にいたたまれなくなった沙弥が、響へと話しかける。
「――あのっ。犬戒先輩は今週何で皆が一緒に帰れないか訳を知ってますか?」
沙弥が最近気になっていたことを響に問いかけると、響は眉間に軽く皺を寄せると"はぁ"っと溜息を吐き、口を開く。
「そんな事を俺が知っていると思うのか?」
想像していた通りの回答であったが、それでもどこか期待していただけに響の態度に少しだけ沙弥は落ち込む。
「あいつ等にもあいつ等の予定というものがあるだろう。常に暇なわけではないのだからそんな事を考えるだけ無駄だと思うが?
気になるのなら直接当人達に聞けばいいだけの話だろう。」
響の言っている事は全くもって正論で、沙弥は二の句を継げなかった。返す言葉が見つからない。
それでも、またあの沈黙に逆戻りするのも……と思い、必死に言葉を探す。
「そっ、そう言えば……!昨日、狗谷先輩と帰ったときにみんな忙しいから、今週は皆で分担して、
わたしの護衛をすることになったって聞いたんですけど、犬戒先輩は何で忙しかったんですか?」
沙弥の問いかけに、響は先程よりも更に眉間の皺を深くして呆れたように"はぁ"っと再び溜息をついた。
その様子に沙弥はビクっと体を震わせ冷や汗が流れ出るのを感じた。
沙弥の様子に響は僅かにニヤッと口角を上げ楽しそうに笑ったが、沙弥はそれには全く気が付かない。
響は沙弥が気付かない程度、微笑みながら口を開いた。
「それは俺がお前に言わなければならない事か?俺が何をしていようが、どんなに忙しいことがあろうが、
お前には関係のないことのように思うが?お前にとってさして気になる事でもないだろう。」
響の言葉に沙弥はまたしても二の句を継げなくなった。
その様子を満足そうに見ながら、今度は沙弥の耳へ口を寄せて言葉を続ける。
「……それともお前といない間に俺が何をしているのか知りたい程にお前は俺の事が気になるのか?」
耳元で響に囁かれたという事実と、その内容に沙弥は頬はおろか耳まで真っ赤に染め上げる。
真っ赤になりながらも響から距離を取るべく離れようとするが、響に腕を掴まれそれは適わなかった。
響はそのまま沙弥の腕を引くと、真正面から沙弥の顔を覗き込むようにして息が触れ合う程の距離まで顔を近付け囁くように言う。
「そうなんだろう、……沙弥。」
整った顔で、艶っぽい声で言われると、力を込めていないはずの声なのに何か力が込められているのではないかと思えてくる。
響のその行動に、沙弥は人間はここまで赤くなることができるのか……っというくらいに顔だけでなく、
首までもが真っ赤に染まっていた。
響はその様子を口角を上げ嬉しそうに見る。そして、ぱっと顔を離して、沙弥の腕を解放すると、
「陽も暮れて来た、帰るぞ。」
っとニヤリと笑いながら言った。
だが、沙弥は呆けたように固まってしまっていて動かない。そんな沙弥に再び息が触れ合う程顔を近づけ言う。
「隙だらけだ。俺のキスでも期待してるのか?」
唇が触れ合いそうな距離で、整った顔が妖艶に微笑む表情に沙弥は体温が急上昇する。
「そっ、そんな事ありませんっ!!」
心臓が大きく早鐘を打つのを感じながら沙弥はマンションへ向けて急いで歩き出す。
その後姿を見ながら響は、ククッと楽しそうに笑うと"……残念っ"そう小さく呟いて
ゆっくりと沙弥を追うように歩き出した。


沙弥はいつも通りに起きて、朝食を作った。
トーストにカリカリに焼いたベーコンと目玉焼き、サラダとまではいかないがレタスとトマトときゅうりをお皿に盛り付け、
そしてミルクたっぷりのカフェオレを用意する。
トーストにはりんごジャムをたっぷりとつけて、一口齧ると甘い味が口いっぱいに広がる。
凌に予定を空けといてくれと言われた土曜が来たけれど、詳細を全く知らされていない沙弥は、
朝食をとりながらどうしたものかと考えを巡らせる。
とりあえず、常識的に考えておかしくない時間になったら凌さんに連絡してみよう、それまでは、部屋の掃除や洗濯でもしようと沙弥は決めた。

一通り考えていたことをやり終え時計を見ると、時間もちょうど良い位になっていた。
凌へ連絡しようと立ち上がると来客を告げるインターホンが鳴った。
凌さんかしら?そう思いモニタを覗き込めばそこには……

 

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