Amour doux   ep.3


「ここです……、ここが新選組最期の地、弁天台場です。」
「そうか……。」
それだけ言うと、永倉さんは黙ってその景色を眺めていた。
そして、この地で散って逝った命へ、黙祷を捧げた。
それから、瞳を開くとわたしに聞かせるべくもなく、自然と漏れ出たようにぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
ここで散ったあなたへ話しかけるように……。
「土方さん。あんたは最期まで新選組だったんだな。"誠"の心で己の信念を貫き、武士として最期まで戦い抜いた。
源さんの、山崎の、近藤さんの、総司の、平助の、山南さんの散って逝った奴等の心を引き継いで、背負って……
それを重いと捨てていくこともしねぇで、最期まで信じる道を進んでったんだ。
俺は、道の半ばで袂を分かつことになっちまったが、あんたと同じ土俵で刀振るって戦えたことを誇りに思う。
……そういや、あんたは酒に弱かったから最期まで思いっきり飲み交わすこともなかったな……。」
そう言うと、永倉さんは持っていた酒瓶の蓋を取り、その場に盃を置きそこへ酒を注いだ。
そして、その場へどっかりと胡坐をかいて座り込み、自分の盃にも酒を注ぐ。
「とびっきりの酒だ、飲めなねぇなんて野暮なこと言いっこなしだ。飲んでくれ。」
そう言って、地面に置いた盃と自分の盃を合わせると、永倉さんはぐいと盃の酒を呷った。
そして、あなたがまるでそこにいるように、永倉さんはしばしの間真っ直ぐに地面に置かれた盃の方を見ていた。
いや、もしかしたら永倉さんには見えていたのかもしれない、あなたがそこにいて、盃を呷る様子が。
それから、永倉さんはよしっという言葉と共に立ち上がりわたしの方を振り返った。
「付き合わせて悪かったな、千鶴ちゃん。」
昔と変わらぬ笑顔で言われた言葉にわたしは首を横に振った。
付き合わされたなんて思わなかった。むしろ、ここに一緒に来たおかげで永倉さんの言葉から土方さんの想いが垣間見えた気がする……。
わたしは永倉さんが呟いていた言葉について考えていた。
風間さんは、新選組の皆が各地を転戦していくことを"死に場所を求めているようだ"と言っていた。
わたしはそんなことはないと信じてその想いを曲げなかった。
新選組の皆は、死に場所を求めているんじゃない。例え生まれが違おうとも、新選組の皆は心から武士であった。
武士であるために、己の信ずる道を歩んでいたのだ、死に場所を求めているわけではない。
永倉さんの言葉を聞いて、やはりわたしが信じたことは間違いではなかったと思った。
あなたは、亡くなって逝った皆の想い、心を引き継いで、それを切り捨てることなく、己の誠の心の信ずるがままにここまで戦いながらやってきた。
そして、その信じた想いを貫いてここで散って逝ったのでしょう。
永倉さんの言葉でわたしにはそう思えた。
あなたの心の片鱗に触れることができた、なんて言うのはおこがましいかもしれないけれど、
ずっと遠くて届かなかったあなたに、少しだけ近付けた気がします。
もっと、聞いてみたい。もしかしたらもっとあなたへ近付けるかもしれない。
その想いが膨れあがり、気付いたときには永倉さんへお願いの言葉を発していた。
「永倉さん、お願いがあるのですけど……。」
「何でぇ?改まって。」
「島田さんから聞いたお話、わたしにも聞かせてもらえませんか……?」
あなたに最期まで付き従った島田さん。あなたの最期の思いおぼろげながらわかってきたけれど、島田さんの話を聞けばもっとわかるかもしれない……。
あなたの思いを知る最後の機会かもしれない、その想いから出た言葉だった。
「そりゃ、かまわねぇけど、場所は移動しねぇか?」
永倉さんが苦笑しながら言った。
「さすがの俺も、ここに長時間いたら凍えちまいそうだ。」
永倉さんの言葉で、ここが外であることをようやく思い出した。
すっかり忘れていて、寒いという感覚がなくなっていたが思い出すと、一気に体が冷えてきた。
わたしの家へ戻りそこで話しを聞かせてもらうことにした。

家へ戻り、囲炉裏へ火を入れてから、お茶を淹れ、お茶請けと共に永倉さんへお出しした。
永倉さんはお礼を言ってそれを受け取り、一口お茶を口にして冷えた身体を温め喉を湿らせると、ゆっくりと口を開いた。
ぽつりぽつりと紡がれるのは、わたしが新選組とはぐれてしまってからの話。
淀藩の裏切りで、淀城へ向かっていた新選組の面々は新政府軍の攻撃を避けながら各隊、大阪城を目指した。
大阪城に着いて他の組の奴等共会えたものの、武器やらをまとめるため最後まで残った源さんの六番組の行方だけがわからなくなっていたという。
負傷者も多く動ける人間は少ないが、人員を割いて捜索しようとした矢先、六番組の平隊士が一人だけ大阪城へたどり着いた。
話を聞くと、皆が出て行った後、新政府軍からの攻撃にあい、自分以外六番組は全滅であったとのことだった。
しかし、一緒にいたはずの雪村君の姿だけなかったと聞くや否や、土方さんが六番組捜索予定だった人員を投入して千鶴を探したが、千鶴は見つからず、
その内、慶喜公が江戸へ戻ったとの知らせが入り、新選組も江戸へ戻ることになった。
源さんが長州の攻撃により亡くなり、
江戸へ引き揚げる船の中では、大阪城への撤退中、新政府軍の銃撃で被弾した山崎さんが亡くなり、
近藤さんの撃たれた腕の怪我はなかなか治らず、未だ治療中、
風邪だと言い張っていた沖田さんが死病の労咳であることがわかり、治療のため新選組を離れた。
更に、慶喜公は前線で戦う者達を見捨て自分だけ江戸へ逃げ帰った。
そのため、隊士達の士気は下がる一方だった。
新選組はぼろぼろだった……。
そんな中でも、土方さんだけはお偉方に頭を下げて回ったり、何とか新選組を立て直すべく奔走していたらしい。
ようやく近藤さんの怪我も治り、土方さんの奔走の甲斐あってか、新選組は甲陽鎮撫隊と名前を改め甲州勝沼へと幕府からの命で向かった。
新政府軍の甲府進軍を阻止が任務であったものの、既に新政府軍は甲府城を押さえていた。
そこにいた新政府軍は新選組が鳥羽伏見の戦いで惨敗をきした長州の軍勢で、近藤さんの指揮の下甲府城奪還を試みたが、このときも新選組は長州の軍勢に惨敗した。
この頃から、近藤さんのやり方に不満を持ち始めていた永倉さんと、原田さんは甲州勝沼での戦いの惨敗を期に新選組を離隊した。
その時、二人は土方さんにすまなかったなと頭を下げられたらしい。島田さんの話によると、
土方さんは永倉や原田に夢を見させてやることができなかった、そのせいであいつらが離隊しちまった、と辛そうにしていたとのことだった。
二人が離隊した後、新選組は会津を目指して進んだのだが、途中、流山の金子邸にて新政府軍に包囲され、
皆が逃げる時間を稼ぐため近藤さんは一人、新政府軍へ投降した。
近藤さんを助けるため、土方さんはお偉方に近藤さんの助命を嘆願したがそれが聞き届けられることはなく、新選組局長近藤勇は斬首された。
土方さんはてめぇだけ生き残って何やってんだかな……と自分を責めていたようだ。
それから、奥羽同盟が結ばれ新選組も仙台へと行くことになった。
しかし、ちょうどその時会津藩から救援の要請があり、新選組は会津藩にはずっと世話になっていたため、どう対処したものかという話になった。
土方さんは会津には悪いが、会津で戦っても勝てねぇ、勝てる見込みのある仙台へと進むことに決めた。
けれど、斎藤さんは会津に残ることを志願した。ずっと土方さんに付き従っていた斎藤さんが、己が武士として生きていくには、武士としての道を貫き通すならば会津に残り戦いたいと言ったのだ。
今まで土方さんの決定に逆らうことのなかった斎藤さんが会津に残り戦うことを土方さんは許した。
絶対に後から追いついて来いと言って、土方さんは先へと進んで行った。
原田さん、斎藤さんからも聞いたところまでの成り行きを一気に話すと、永倉さんはすっかり冷めてしまったであろうお茶をぐいと飲んだ。
話しを聞くのに集中していたので、気が付かなかったがいつの間にか相当な時間が過ぎていたらしい。
「お茶淹れなおしてきますね。」
「すまねぇな、千鶴ちゃん。」
お茶を入れ直すため立ち上がり、勝手場へと向かう。
原田さんや斎藤さんからも聞いていたけれど、あなたの肩には本当に多くの人間の想いが乗っていたんでしょうね。
そして、あなたはそれを引き継いで進んで行った……。

淹れなおしたお茶を持って、部屋へ戻り永倉さんへお茶を出した。
そのお茶を飲み、湯呑を置くと永倉さんは続きを話し始めた。
新選組は仙台へと進んだのだが、結局、奥羽同盟は反故にされた。その頃、仙台では辻斬りが横行していた。
そして、仙台へ先行して入っていた山南さんと平助君と連絡が取れず、山南さんの様子がずっとおかしかったこともあり、辻斬りの首謀者は新選組の羅刹隊かもしれないと思われた。
しかし、現実は雪村綱道が大量に作り出した羅刹の仕業であった。
羅刹に未来はない、ならばいっそ引導を渡してやるのが務めだと、仙台城にてその羅刹達は皆、土方さん、山南さん、平助君の手によって粛清された。
羅刹の力は神から与えられたものでも、奇蹟でも、何でもない。自らの命を削って得る力。
羅刹の力を使えば使うほど、自分の命は削り取られ失われていく。
粛清に羅刹の力を行使し、自らの命を使い果たしてしまった山南さん、平助君は羅刹達を全て斬った後、亡くなってしまったのだという……骨も何も残さず灰になって……。
その後、新選組は蝦夷地へと渡った。
榎本さんを総裁とする蝦夷共和国を作り、新政府へ対抗した。
そして、箱館戦争は起こった。勝敗は火を見るより明らかで、それでも土方さんは前を向き決して戦うことをやめなかった……。
あいつ等に恥じない生き方ができてんのか?
あいつ等の想いを俺は酌んでやれてんのか?
あいつ等の信念を誇りを汚さずに引き継げてんのか?
そんな風に土方さんは自問自答を繰り返していたようだった。
土方さんが島田さんの詰めている弁天台場を訪れたとき、土方さんが珍しく本音を洩らしたという。

「なあ、島田。」
「何ですか、局長。」
「……千鶴の奴はきっと生きてるよな……。あいつは、壬生狼の中にいても物怖じすることのねぇ、肝っ玉の据わった女だった。
むしろ壬生狼の幹部連中を手懐けてやがった。そんな奴が簡単に死ぬはずはねぇだろ?
羅刹を見たせいであいつを俺等に巻き込んじまったってのに、その償いもできねぇまま、あいつは行方がわからなくなっちまった。
……だからなんだろうな。あいつにゃ、今は幸せに生きていて欲しいと思うんだ。
まあ、かなり手前勝手な願望なんだけどな。」
「いえ、自分も雪村君はきっと生きていると思います。まあ、幸せかどうかはわかりかねますが……。」
「お前もそう思うか?俺もな、何となくそんな気がすんだ。千鶴は生きてるってな……。
島田、お前は、俺があいつに恥じることのねぇ生き方ができてると思うか?」
「その質問については、自分は雪村君ではないのでわかりかねますよ。」
「お前なぁ、こういうときは、嘘でもいいからそう思うって言いやがれってんだ。
……俺はあいつに情けねぇ姿を見せたくないのかもしれねぇ。何でそう思うんだろうな……、そう考えると俺はあいつに惚れていたのかもしれねぇ。
あ〜んな色気も何もないガキにな。惚れた女にゃ弱みを見せたくねぇってやつだろうな。」
「……。」
「あいつのことを探そうと思えばいつでも俺は引き返して探すことができたはずだ。だが、俺はあいつを探すことよりも新選組を選んだ。そして、ここまでやって来た……。
あいつのことよりも新選組を選んだんだ、だからこそあいつに恥じるような生き方はしちゃなんねぇんだよな。
……だから、俺は最後まで新政府軍と戦うつもりだ。"誠"の心で、散っていった奴等の想いと信念を受け継いで戦う。」
「……自分も、もちろんお供しますよ。」
「へっ、お前も馬鹿な男だな……。……島田、もし千鶴に会うことがあったらよ、"お前はお前の誠の心で、幸せに生きてくれ"って伝えてくんねぇか。」
「……それは、自分には荷が重過ぎます。なので、局長ご自身で伝えて下さい。
この戦い自分達は勝利するのですからご自身で伝えに行って下さい。」
「はんっ、違いねぇ……。」

そんな会話を交わして数日も経たない明治二年五月十一日。土方さんは散って逝った。
美しくも儚い桜の花のごとく……。
「俺が、島田に聞いたのはこんなもんだ。」
永い永い間、宛先が見つからず彷徨っていた文がようやく届いた、そんな感じだった……。
「ありがとうございます……、永倉さん。」
やっと、土方さんの思いを気持ちを知ることができた……。
土方さんと最期まで共にあった島田さんの話からやっと、わかった気がする……。
わたしは、わたしの誠の心で、幸せに生きていこうと思います。
それがわたしが想い続けたあなたの……、土方さんの誠の心であると思うから、わたしはその心を受け継ぎます。


土方さん、あなたへの想いは未だわたしの心に息づいています。
けれど昔と違うのはその想いが、心の奥底に大切に仕舞われているということです。
「千鶴っ。」
わたしを愛おしげに抱き締めてくれる男性(ひと)がいる。
「はい、何ですか?」
「名前を呼びたかっただけだ。千鶴っ……お前を愛してる。」
わたしの名前を愛おしげに大切な物のように呼んでくれる男性(ひと)が今、わたしの側にいてくれます。
あなたへの想いを胸に秘めたままのわたしごと愛してくれる男性(ひと)。

今、わたしは幸せに生きています。

○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o.。○o。○o.。○o.。 ○o.。
すみません、ただモテモテな、美しく成長した千鶴ちゃんを書きたかっただけです。。。orz
ただそれだけの想いで書き始めた故に、とりあえずノーマルEDで千鶴は蝦夷にいて、生き残り組が訪ねてきて……ん〜どう終わらせよう?
ってなり、自分で書いてて終わりが見つからずどうしたものか……っとこんな話になってしまいました。
ただただ、すみませんm(__)m
あっ、この話の題名なのですが"Amour doux"はフランス語です。意味は"優しき愛"です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

次ページにあとがきという言い訳をだらだらと書いてますので、そんな言い訳に付き合ってくださる方はコチラからどうぞ。

 

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